第17回 杉浦 慶太さん(すぎうら けいた)フォトグラファー 2009年5月30日〜7月31日

アーティスト紹介

杉浦 慶太さんの写真
杉浦 慶太
(すぎうら けいた)


フォトグラファー
展示風景
杉浦 慶太さんの作品


プロフィール


1980年岡山県津山市生まれ。教師を目指して進学した大学で写真表現の魅力に出会う。

教員免許を取得後、東京の広告写真スタジオへ入社。

アーティストの村上隆との交流の中で「GEISAI」を知り出品、入賞。

現在は地元津山市で作家として活動中。

7月にはボストンでの個展、9月に倉敷市立美術館、

12月に岡山天神山文化プラザでの展示を控えている。

杉浦 慶太さんの作品 杉浦 慶太さんの作品 杉浦 慶太さんの作品

作品:なんにもないところへ導くもの

     
 
杉浦 慶太さんの作品 杉浦 慶太さんの作品 杉浦 慶太さんの作品
今回私は禅の思想にヒントを得、作品を制作しました。いまさら禅などと聞くと欧米におもねる形で輸出を前提としたコンセプトと解釈されそうですが、そうではありません。

これは現代に生きる私なりの、切迫した中でもなんとかひねりだした答えなのです。それが例えそのような誤解されるリスクを背負ったとしても、です。

我々が現在生活する社会は、もはや予測不可能な社会です。またインターネットの普及によりいままでの歴史に照らし合わせて見ても、かつて無かったほど周囲には情報が溢れています。恐ろしいほどの速さで効率化が進み、快適さを獲得すればするほど皮肉なことに我々はますます時間に忙殺されていきます。その巨大なうねりを前に、我々は否応なしに巻き込まれていくのです。


ここで断っておきたいのですが、私は他の多くの日本人と同じように宗教というものに強く固執していません。むしろオウム事件以降、宗教というものを注意深く避けてきたつもりです。さらに9.11の同時多発テロ後による報復の連鎖を見、私の宗教離れ(嫌悪感)は決定的なものとなりました。

ではその私が何故「禅」なのでしょうか?結論からいえばその目的が宗教さえも自己否定し、なにものにも囚われない究極の無を目指すところにあったからです。

美術という閉鎖的かつ、内向的な場所での表現を商売にしている自分にとって、「他者」に対して一体何を伝えられるのかという単純かつ、絶望的な自身への問いかけでもありました。やがて表現を商売とする人間として、支離滅裂になったとしても私なりのなんらかの反応をしなければと思ったのです。そこで禅を選択したのは、苦し紛れに掴んだ脆くも貧しい自前のカードを使っての唯一の解決方法だったからに他なりません。

禅宗の開祖は達磨大師とされています。後世、このような問答が知られています。ある時、梁の武帝に佛教の真理、仏法の根本の説明を請われました。すると達磨は「廓然無聖」(この空のように何もなく、何ものにも囚われぬさま)と答えたそうです。


禅の最大の特徴は物心一切の放棄です。それは悟りを目指して座禅する自分さえもが邪魔であるという矛盾、俗に言う禅問答に繋がっていきます。よって、「非思量底を思量せよ」(意識の無意識化を意識せよ)(道元大師)という自己矛盾を含むことになるのです。しかし、そのような意識と無意識、自己と他者、善と悪、生と死などの二項対立を超えた〔無〕の境地。それが禅の目指すところであるとされています。一切の思考を放棄すること。そこで重要なのは何も考えてはならない、〔何も〕である。一切の考えを払拭し、ひたすら〔無〕を目指す。いや、〔無〕を目指すこと自体に意思が含まれるため、〔無〕に‘なる’のです。

その〔無〕の状態そのものがすなわち仏であるとされ、知識や感情を「無駄」なものとして捨て去ります。物質的なもの、精神的なもの全てを捨て去ることにより「無一物中無尽蔵」(何もない状態にこそ、尽きることないものがかくされている)(蘇東坡)という状態を目指すのです。禅において思考することは妄想とされ、捨て去るべきものとされています。何も考えず全てをぼんやりと諦観するのです。対象を「見るともなく見る」という感覚が必要で、それは細部に固執することなく対象全体を見ていることであり、理性に囚われることがないといいます。それがすなわち「自己がなくなることで同時にそこから自己が生まれる」(西田幾多郎)という理想の状態だそうです。

座禅は禅堂で行なわれ、世俗と切り離された修行のための場です。現代の社会の中でそのような静寂な空間は非現実的です(だからこそ、修行というスピリチュアルな行為も抵抗なく成り立つことができるのでしょうが)。しかし禅の根本的な考えでは禅堂はおろか、座禅などの具体的方法論は一切定義されていないそうです。つまり重要なのは方法ではなく、その先にある目的であると私は考えました。目的?それは〔無〕に‘なる’ことです。そこに私の作品が介入できる可能性があると思ったのです。

では我々現代人がぼんやり思考を停止して眺められるものは何かと考えた時、思いついたのが晴れ渡った空でした。達磨が「廓然無聖」と言った、雲のない空。何も写っていない空。飛行機も、鳥も、電線も。何かが写れば人はそれについて思考を開始してしまう。カタチは想像を喚起し、何かに例えようと補完します。雲を見つめると何かの形を想起してしまうに。

そこで禅のエッセンスを自らの作品に落とし込もうと試行錯誤を繰り返しながら晴れ渡った空を撮影し、禅のコンセプトを内包した作品の制作を試みたのです。〔無〕としての空に加えて私は日本絵画における徹底した平面性を意識しました。日本はもともと西洋のような遠近法や陰影法を持たず、視点の移動と装飾性に徹し、発展させてきました(その影響は現在に到るまで引き継がれており、後に村上隆によってスーパーフラットとしてまとめられた事は周知の通りです)。また、ここに余白という引き算の美学を導入しました。芸術作品において空白、間はとても重要な役割を果たしていました。これは「茶の湯」の世界にも通じる極めて日本的な心情を反映した美学であるといえます。ここでは情報、物質の雑多な現実に対して作品そのものが余白と化します。

また空というものは同じようでいて、刻々とその表情を変えていきます。「今」と限定したとしてもその「今」は瞬時に過去へ変貌します。ここに絶えず変化し続けるなかでの「今」という刹那的な美をここに感じるとこができたのです。それは日本人の死生観とも深く関わっているのかもしれません。加えて、日本人には豊かな四季による季節の変化によって淡く、繊細な色彩感覚が備わっています。赤色ひとつとってみても日本画では赤紅、深緋、猩々緋、紅柄色、洗朱、韓紅花、真朱、中紅、臙脂……などなどそのバリエーションは豊かです。

また、我々は芸術作品を鑑賞する際、作品から受けた印象で評価する傾向を持っています。例えばよく分からないものの代名詞としてピカソの名を挙げることができます。我々はピカソが行なってきた美術のコンテキストの書き換えや価値の反転に基づく新しい画法の提案、確信犯的なルール破りなどに関心を払わないため、ピカソの絵の表面のみを鑑賞し、分からない、理解できないものとして位置づけるのです。
よって多くの人の関心を惹くためにも、私は最低でも「色がキレイ」という外側の表面的な評価、関心の獲得が必要でした。

これらを統合、咀嚼した結果、「何も写っていない、余白で構成された」作品という奇形の作品ができてしまいました。最初にも述べたように、私は自身の作品が同時代に生きる他者に対して、何を伝えることが出来るのかを考えました。自らの損得抜きにして切実に。その意味でも「何も写っていない、余白で構成された」作品を制作しなければならないほど、私は現実に対して袋小路の感覚を持っていたといえるかもしれません。

この国でアーティストというともれなく「変人」というイメージがついてくる。加えて私は美術の専門教育を全く受けていないので、業界の内側の人間からみればモグリであるといえます。そのような偽者の私が、この混沌の時代にドサクサに紛れて提出したひとつの提案。

それは無という何ものにも囚われず、何ものも生み出さない、思考の一時停止。一切の放棄。ゼロ。情報の洪水の中で、そもそも人間は裸で生まれてくる、「本来無一物」ではないかいう開き直り。世界が「幼児化」「動物化」しつつあるいま、一切を放棄し、歴史を脱臼化させ続ける永遠のループ。

ここは勝者も敗者も存在しない平面的世界。これは現実に対する積極的な逃避であり、サバイバルの連鎖へのラディカルな敗北宣言なのかもしれない。

2009年 杉浦 慶太
(すぎうら けいた)



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