最近読んだ一冊に『大江戸釣客伝』(夢枕獏著)があります。
これは昨年度、泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞の三冠となった小説で、日本最古の釣り指南書『何羨録』を書いた津軽采女を中心に、釣りに憑かれた人物の目を通した元禄の世相が鮮明に描かれています。生類憐みの令で魚釣りも禁止されていたとは驚きですが、釣り人のあり様やその奥義等、釣りを愛する著者ならではの描写が見事で、釣り好きながら釣りになかなか行けない私は勿論のこと、釣りをされない人にとっても、読み応え充分の作品だと思います。
さて、この小説でも描かれているように、趣味の釣りが広く普及し始めたのは江戸の元禄時代に入ってからとのこと。生類憐みの令の下でも、武士たちは「策(仕掛けやポイント等)を練り、武具(釣具)を入念に手入れ、じっと耐え、じっと忍び、本懐を遂げる(釣果を挙げる)。これ武士の修練なり」と、武道の修練や鍛錬を大義に釣りを続け、庄内など諸藩にも広がり、また江戸後期には町民にも広まっていったようです。
『何羨録』序文の中で、津軽采女はこう言っています。「嗚呼、釣徒の楽しみは一に釣糸の外なり。利名は軽く一に釣艇の内なり。生涯淡恬、澹かに無心、しばしば塵世を避くる。すなはち仁者は静を、智者は水を楽しむ。豈その外に有らんか」。
諸説あるのですが、私はこれを「釣り人の楽しみは釣ることだけではない。富や名声に拘わらず世間の煩わしさから離れ無心になり、釣れても釣れなくても楽しい。これほどのものが他にあるだろうか」と解釈しています。
最近、外国のお客様と釣りの話をすることも多いのですが、釣法や道具、その精神性に至るまで、同じ釣りでも千差万別で、日本ほど繊細で多様化した釣り文化を発展させてきた国はないと思います。海に囲まれ河川も多い、恵まれた我が国の自然環境や水産資源、そしてこの釣り文化を慈しみながら、いつか思う存分魚釣りをしたいと願う次第です。
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