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中国とANAの歴史
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岡崎嘉平太
国際奨学財団について
全日空二代目社長である、岡崎嘉平太は、中国と日本の国交回復前から両国の交流に力を尽くし国交回復の礎を築いた人物として中日両国でよく知られている。
日本の岡山県出身で岡山中学校時代の寄宿舎の先輩で中国から留学していた陳範九氏との交友を通じて中国への関心を深めていった。
その後「LT貿易」として名高い中日貿易交流に尽力し、訪中回数は100回に及んだ。(LTとは中日貿易交渉の代表者であった廖承志氏と高崎達之助氏の頭文字)
この間に、周恩来総理をはじめとして中国要人との会談を重ね、1972年の国交正常化の際には、周恩来総理自ら「わが国には『水を飲むときには、井戸を掘った人のことを忘れない』という言葉がある」とその労をねぎらった。
その後、岡崎嘉平太は全日空の社長として民間航空の発展に寄与し、顧問時代の1987年4月16日、90歳の誕生日に全日空中国線初便にて北京入りし、人民大会堂における就航記念パーティーに臨んだ際の挨拶で、「故周総理から『全日空が中国に飛んできたらどうですか』と言われたが、実現するまで長かった。」という逸話を披露した。
1989年没後、生前岡崎が唱えた「アジアの国における人作り」を標榜し実現することを目的として、岡崎家の遺産と全日空からの寄付金を基に、1990年に「岡崎嘉平太国際奨学財団」が設立された。
これまで約70人の日本の大学院で学ぶ留学生を日本に招聘し支援を行っており、その内約30人が中国出身である。
支援の内容は、学費および生活費の支給、住居の提供(全日空の独身寮の1室を提供)、日本国内の研修旅行さらに学業、生活における相談受付など。
中国出身の卒業生は母国で大学の教鞭をとったり、企業や政府機関に就職する者、また日本で就職する者など多岐にわたっているがいずれも日本での研究の成果を活かし、母国の発展と中日の交流に役立っている。
岡崎財団の近況
岡崎財団は今年度で設立17年目を迎えました。受け入れた学生は7カ国から76名、現在の在籍数は12名です。
在籍奨学生数の推移(各年度4月1日現在)
(単位:人)
平成
西暦
期
中 国
タ イ
マレーシア
インドネシア
フィリピン
ベトナム
ミャンマー
合計
3
91
1
2
2
1
-
-
-
-
5
4
92
2
3
4
2
2
1
-
-
12
5
93
3
2
3
3
2
2
-
-
12
6
94
4
7
4
3
2
3
-
-
19
7
95
5
7
2
2
1
2
1
-
15
8
96
6
9
2
1
1
1
2
-
16
9
97
7
10
3
0
1
0
3
-
17
10
98
8
7
1
1
1
1
2
-
13
11
99
9
6
1
1
2
1
2
-
13
12
00
10
5
2
1
2
1
1
1
13
13
01
11
3
2
0
2
1
2
3
13
14
02
12
4
2
0
1
0
1
4
12
15
03
13
5
0
1
1
1
1
3
12
16
04
14
5
1
1
1
1
1
1
11
17
05
15
5
1
1
1
1
1
1
11
18
06
16
7
1
1
1
1
1
1
13
19
07
17
6
1
1
1
1
1
1
12
歓送迎会
平成19年3月27日に東京全日空ホテルにて岡崎嘉平太国際奨学財団の歓送迎会が行なわれました。
18年度の卒業生は中国からの丁衛東君(九州大学)、孫麗さん(慶應大学)、ベトナムからのフォン君(東工大)、タイからのオラワンさん(京都大学)です。新入生は中国からの李
さん(東京大学志望)、王慧
さん(早稲田大学)、ベトナムからのハーさん(昭和女子大学)、タイからのジッブさん(早稲田大学)で、日本在住のOB達やご支援者のみなさま、ANAの役員、社員など含めて約60人から温かい祝福や歓迎を受けました。
卒業生は丁衛東君が母国に帰り大学教員に、孫麗さんは母国で日本企業に就職、またフォン君は日本で博士課程に進み、オラワンさんは日本で企業に就職します。全員が岡崎嘉平太の理念を守り、必ず母国の発展と日本との友好に役立ってくれると思います。
また、新入生はこれから日本の大学院で厳しい研究生活が始まりますが日本の文化や自然の事なども知って早く慣れて、日本を好きになってもらいたいものです。
選考試験
5月4日に中国の広州で来春来日する予定の奨学生の選考試験を実施します。
今回は、南京大学と四川大学を卒業の学生を対象に、日本から選考委員の大学教授5名に訪中して頂き、面接と筆記試験を行ないます。
合格者は来年春に来日して日本の大学の修士課程進学、学位取得を目標にします。
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