どれだけ多く、美しくできるか機体洗浄という深夜の大仕事 過酷な条件のなかでチームワークを発揮する 深夜の羽田空港のランプサービスエリアで、その作業は行われる。24時間運航をやめない国際線が、ひっきりなしに離着陸する傍ら。飛行機はみるみるうちに、そのあるべき美しい巨体へと戻っていく。担当するのは、機体を隅々まで洗浄するプロ集団だ。驚くほどダイナミックで緻密な作業。その舞台裏に迫ろう。 文=吉州 正行  写真=小島 マサヒロ

#16 ANAエアポートサービス ランプサービス部ランプサービス課 沖谷 祐貴
コミュニケーションから確認作業まで五感をフルに活用する監督業務 東京湾に面した夜の羽田空港は、内陸より寒い。遮るものがなく、東京湾から風が吹き付けるためだ。聞いていたとはいえ、10月とは思えない寒さにひるむ。さらに、機体清掃は寒さのピークを迎えようとする23時過ぎに始まるのだ。「寒いですね。水をずっと掛けっぱなしで作業するだけに、夏場でも涼しいくらいなんです。冬場は体感温度が氷点下かと思うくらいですよ」この道約2年の沖谷祐貴は、慣れない取材にちょっと緊張気味だ。1機にかける時間は機体のサイズによって違うものの、およそ90〜120分。その間、ホースから高水圧の水をひっきりなしに噴出させる。跳ね返る大量の水と洗剤を全身に浴びながら、身長の数倍はあろうかというモップで機体を丁寧に磨き上げる。直接手を動かすのは大洋メンテナスという専門業者。沖谷の仕事はその監督業務だ。といっても「見ているだけ」ではない。「まずはサークルチェックといって、機体にキズやへこみがないか目視で確認します。その後、センサー部などにマスキングを施して洗浄作業に入るんです。それらの作業指示のほか、時間や工程管理、安全管理といった作業に関する全ての責任を預かるのと、他部署との調整と連携を行います」
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機体の美しさは、印象に加えて安全にも影響する 作業に当たる人数はおよそ10〜15人。洗浄とはここまで迫力があるのか!と、誰もが驚く光景に違いない。四方から放水され、機体に寄り添って上下するスカイマストと呼ばれる昇降機付き車両の操作も行う。「垂直尾翼の清掃などを行うんですが、地上から18mくらいの高さに上がります。過酷ですが、やりがいの大きい作業でもありますね」また普段より汚れた機体を担当するときは、腕の見せ所となる。「100日おきに洗うのが理想的なのですが、なかには整備のスケジュール上、200日や300日を超えてしまう機体もあります。見るからに汚いので気合いが入りますね(笑)。使用する洗剤は、泥汚れに強い『J2』、油汚れに強い『212』、即効性のある『210』という3種類を使い分けます」たかが洗浄と侮るなかれ。飛行機の燃費が変わるほか、汚れの目詰まりが引き起こす故障も例があり、安全面にも影響を及ぼす。だがその点、ちょっと誇らしいクオリティを維持しているとか。「機体がきれいだと気持ちがいいじゃないですか。特にANAのような日本の飛行機は、海外の航空会社に比べてもきれいなことが多いんですよ」
昼夜を問わない仕事に体力に自信があったが… 沖谷が、所属するANAエアポートサービスに入社したのは約5年前。故郷の近くに飛行場があり、小さいころから飛行機を目にする機会が多かったことが、この道に進むきっかけになったという。「見かける機会の多かったANAの飛行機に憧れがあったんです。高校卒業後に専門学校へ進んで、就職をしました」キャリアは運航・貨物の業務から始まったという。現在も機体洗浄だけではなく、機体を牽引するトーイングや荷物の積み下しなども行っているそうだ。「体を使った作業なので、最初のころはきつかったですね。でも高校野球をやっていて足腰には自信がありましたから、すぐに慣れましたよ。機体洗浄は、上長から『新しいことを覚えてみないか?』と勧められたのがきっかけです」体力面に自信はあったが、いざ始めてみると別の辛さがあったらしい。洗浄作業は夜間が中心だが、それ以外の作業は昼間も多い。ゆえに、昼夜を問わない仕事となるのだ。「体を壊すことも多かったですね(笑)」
「きれいになったね」を励みに、一晩で何機まで洗えるか 最初のころは健康管理のみならず、仕事の失敗もあったという。「ジャンボ機を洗っていたとき、スカイマストの操作で『洗いにくい』とスタッフさんから指摘をいただいたことがありました。自分の役割は作業をしやすいように様々なサポートをすることなので、反省しましたね。今でも勉強することは多いです」時間と経験は、人材を環境に適応させる。沖谷の場合もそうだ。大変だった仕事にも慣れ、やりがいとこだわりが仕事の潤滑剤となる。「洗浄を終えて、チェックを行う検収作業が始発便と重なったときに、整備さんから『きれいになったね』と声をかけられると、うれしくなりますよね。あとはパイロットの方が整備さんを通して仕上がりを褒めてくれるなんてこともありました。そういう瞬間はなんともいえませんよね」一方課題もある。一日に洗う機体数は、その日に決めることも多いという。洗浄を行うスタッフの表に立って、各所と連携して調整を行う。スタッフに気を遣う部分でもあり、一方で担当者として業務を効率よく行う責務を負うのだ。「気を遣いながら、各所と調整して、いかに1機でも多く洗えるかを常に考えています。上手にペース配分ができれば、300日も洗っていない機体が発生することもなくなるわけですから」