【特集・「この先」を行く東京カルチャー】美意識を“体感”する美術館(前編)

「調和」という、建築に宿る美しい秘密。

ひとたびマクロの視点で紐解けば、時代の転換点は、新しい文化の転換点でもあります。世界中が大きな変化を余儀なくされるなか、未来のカルチャーはどのように生み出され、醸成していくのでしょうか。
ANAプレミアムメンバー向けライフスタイルマガジン「ana-logue(エーエヌエー・ローグ)」緊急特別企画として「東京」にフォーカス。本やアート、食やコミュニティなど、独自の斬り口で、新たなカルチャーを発信するスポットやプロジェクトを取材。ニューノーマルの価値を提示しながら、荒波を突き進む彼らの「今」と「これから」をシリーズでお届けします。

「ここには、アート愛に⽀えられてきた歴史があるのかも知れません」

銀座や⽇本橋といった、有数の商業エリアに挟まれた京橋地区。ビジネス街だが特有のゆとりと文化の香りを醸し、多くのギャラリーが集結するこの街に、今年新しい時代を感じさせる美術館が誕生した。アートとホライゾンの造語で、“美の地平”を意味する「アーティゾン美術館」だ。

「前⾝であるブリヂストン美術館の“⼊⼝”を移転する。これが最初のステップでした」。冒頭の言葉とともに教えてくれたのは、クリエイティブディレクターの田畑多嘉司さん。「旧美術館は東京駅⼋重洲⼝から伸びる⼋重洲通り側に⼊⼝を設けていて、都⼼の好⽴地ではあったものの、少々不案内だったんです」

そこでビル⾃体の建て替えを機に、界隈の目抜きである中央通りに入口を移し、ソフト・ハードともに抜本的に⾒直すことになった。「美術館が街づくりに貢献する例は、古くはニューヨーク近代美術館やスペイン・ビルバオのグッゲンハイム美術館、最近では⾦沢の21 世紀美術館など、国内外で数多くの成功を収めています。これを東京のメインストリートでも実現したい、という思いがありました」

総数はなんと約2,800点!「⻄洋・東洋の美術史を概観できる」ほどの充実ぶりで知られる⽯橋財団コレクション。この貴重な作品群を誰もが鑑賞できる場として、旧「ブリヂストン美術館」が開館したのは、1952年のこと。戦後まもなくの頃から、約70年にも渡る歩みを受け継ぎ、この度、新しく美しい姿となって⽣まれ変わった。「『創造の体感』という新美術館のコンセプトのもと、特に意識したのが建築デザインへのこだわりです」という田畑さん。そこで気鋭のユニット、TONERICOにデザインを依頼。構想から実現に至るまで、実に約10年もの歳⽉を費やしたという。

だがこうして建物の前に立ってみると、さほど変わったデザインという印象は受けず、さながら周囲のビル群にしっくり溶け込んでいる。「近年の美術館建築というと、個性を押し出すようなランドマーク性を求められがちですが、外装はむしろ界隈を乱すことなく、アート拠点としてのオーラを放つバランスを特に⼤切にしました」

かつて中央通り周辺のビルは、100尺(31m)の⾼さ規制があり、建物のラインがきちんと揃った美しい⾵景を保っていた。「現在でもその名残を持ったビルもありますが、アーティゾン美術館はあえてその都市の記憶を残すために、外装のガラス⾯の⾼さを約31mとし、建築⾼のラインをつくっています。この街に潜在する美しいデザインオーダーに則ることで、今後の周囲の開発にも影響を与えていければと考えています」

1~2階のフリーゾーンは、⾃⽴壁⾯の設置など2層吹抜空間。床はオリジナルで制作した特⼤のテラゾタイルで、濃グレーのベースに細かい⼤理⽯を散りばめ、床に地平線(ホライゾン)パターンを表現。空中に浮いた2階のミュージアムショップは、ベージュのフローリングと⽩い什器により、モダンで明るい印象としている。

3階から6階の展⽰室ゾーンに着くと、⾼さ16.5mにも及ぶ吹抜で各階をつなぐ、巨⼤なアトリウムが出現する。「全体を巨⼤なガラスボックスにしていることで、内部の⾵景と外部が⼀体化し、外からは来館者の動きがそのままアート作品のように感じられます。また先にあるクローズドな展⽰室空間との対⽐によって、ひとたびこの空間に⾜を踏み⼊れると、⾳楽を聴いているような⼼地良さに浸れるよう意図しています」

また素材は既製品をそのまま使うのではなく、美術作品同様に本物を重視しているという田畑さん。例えばサッシや壁⾯に使⽤したスチールは、無垢材を基本とし、表⾯に⿊のリン酸処理加⼯を施すことで、硯のような、または亙のような⾵合いと、偶然がつくりだす花模様のパターンを生む。

さらに伝統と歴史を尊ぶこの界隈には、⾃然⽯を使った建物が多くあることから、館内外で積極的に石を使用。中でもシンボルは、御影石を正⽅形タイルで包み込んだ円柱。荘厳なムードを放つそれは、現代と伝統が高次元で調和し、周到な配慮を持ってデザインされていることが分かる。田畑さんは言う。

「ここでいう“デザイン”とは、単にイメージの展開や装飾を施すことではなく、限りなく意味や機能性を前提としたもの。美術館の環境づくりそのものと⾔えるでしょう」

コンセプトの通り、建築もまたひとつの作品として“体感できる”要素に溢れている「アーティゾン美術館」。「これは、単に建築家まかせで実現することではありません。それまで培ったノウハウや美術館としてのブランディングなど、⼈を取り囲むあらゆるところに眼を向け、デザインする積み上げによって生まれているんです」