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金持神社

「Tastes of JAPAN by ANA」は、地域とともに日本の多様な魅力を発信することで、地域活性化に貢献するプロジェクトです。

金運アップ!鳥取の金持神社(かもち神社) 宝くじ当選のご利益も

鳥取県日野郡にある金持神社(かもち神社)は金運のご利益があるといわれ、宝くじ当選祈願の参拝者も少なくありません。金持神社は全国に八万社ある神社でもただ一社しかない縁起の良い名前の神社で、全国からたくさんの人が訪れます。
主祭神は、天之常立尊(あめのとこたちのみこと)という神々の住む天そのものを神格化した神様で、全国でもこの神様を祀る神社は数社しかありません。天に直接願いを届ける希少なお社でもあります。

810年出雲の神官の次男が、伊勢神宮参拝のためこの地を通りかかったところ、お守りとして身につけていた神前の根付の玉石が急に重くなりました。そして、この地に宮造りするよう神夢があったので、宮造りしたと伝えられています。金持郷は昔、黄金より勝ると言われた『玉鋼』の産地で、原料の真砂鉄が採れる谷を多く所有し、金具の文字で表されているように、鉄(てつ)のことを金(かね)と読んでいた事から、金の採れる谷を多く持つ郷「金持」と呼ばれるようになったと伝えられています。

金持党の名を広めたこの地の豪族、金持景藤は、1333年、隠岐を脱出された後醍醐天皇を奉じて討幕の軍に参加し大活躍しました。その際、金持神社に必勝祈願し、神前の戸張を御旗にしたと伝えられています。京都への遷幸の折には、天皇の右側に名和長年公・左側が金持景藤公で「錦の御旗」を持ち上洛しました。その後金持神社には、後醍醐天皇もお礼参りに来たと言い伝えられています。金持大和守景藤公のお墓と伝えられている宝篋印塔が金持地内に現在も残っています。

「長谷部信連公の再起」平家物語や源平盛衰記など多くの古書で快男児としてうたわれている長谷部信連公。1180年、後白河法皇の第二皇子の平氏追討計画が事前に発覚、信連公は密かに皇子を宮殿から脱出させ、孤軍奮闘しました。そのため七年間、金持郷に流刑の身となりました。その間に日野町にとって大切な延暦寺、長楽寺、祇園神社などを残しています。平氏滅亡後、源頼朝御家人七人衆の一人として、安芸国宮島の検非違使、能登国の地頭職として山中温泉の発掘等を手がけ、のちに加賀百万石前田家の筆頭家老職(穴水城主)として明治まで続く長氏の始祖となりました。

金持神社に奉納された絵馬や、金持神社札所横の東屋にある当選絵馬には、お礼参りに来られた方々の喜びの声が記されています。「私は還暦に億万長者になりました。有難うございました」「ロト6と競馬と宝くじがあたりました。ありがとうございました。感謝しています。はれて大金持ちです。これで、家族、周りの友達が幸せになりました」「私はジャンボ宝くじで3億円に当選しました!」「今回で3回目の参拝です。2回ナンバーズ4が当たりました。有難うございました。これからも当たりますようにお願いします」など。この他、札所に立ち寄った人から「ギャンブルに強くなった」「参拝したおかげで、商売がうまくいった」などの話が多数あります。

観光地詳細

名称 金持神社
Webサイト http://kanemochi-jinja.net/
所在地 鳥取県日野郡日野町金持74
アクセス 米子自動車道江府ICより車で約20分
JR伯備線根雨駅よりタクシーで約7分
営業時間 10:00~16:00
お問い合わせ先 TEL:0859-72-0481(日野町観光物産館金持神社札所売店)
料金 参拝無料

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