観客の心を沸き立たせたい新プログラム

「ショートプログラムはテンポが速く楽しめるような曲なので、格好良さだったり激しさだったりを感じていただければうれしいです。一転してフリースケーティングは、去年のようなキャラクターが定まっている感じではなく、情感あふれるピアノ曲。人それぞれ感じ方は違うでしょうが、心の底にある『何か』を喚起させたいですね。全く違う印象なので、一つの大会の中で、それぞれに違う一面をお見せできればいいと思っています」
取材時にはここまでの情報しか公開されなかったが、後日お披露目されたショートプログラムはロックスター・プリンスの代表曲『Let’s Go Crazy』を男らしく踊り、フリースケーティングでは久石譲氏のピアノ曲『ホープ&レガシー』の美しくドラマティックな旋律を抒情的に滑って、彼のコメントの意図をしっかりと表現していた。
楽し気に語った彼の脳内では、新しい顔を持つ羽生結弦が氷上を華麗に舞い、これまでに幾度となく味わった、会場全体がスタンディングオベーションでどよめくシーンが、すでにイメージされていたのかもしれない。

オンもオフも音にこだわる

4歳でスケートを始め、10歳から世界を転戦する華やかなキャリアをスタートさせた羽生選手。以来”旅”と言えば「遠征か練習」と話す。2012年にカナダ・トロントへ練習拠点を移し、日本とカナダを幾度となく行き来する道中で会得したことがあるそうだ。
「トロントまでのフライトは12時間くらいかかるので、長いフライトに慣れてきました。海外での大会へは必ず飛行機に乗るので、非常にいい経験が積めていると思います。試合へ行くときは時差ボケ対策のために、基本寝ることを心がけています。試合後のフライトで演技を振り返り、課題を探すこともありますが、ゲームなどをして、もう本当にリラックスしていることが多いです(笑)」
旅の友について尋ねると、ジュニア時代に話を聞いたときと同じように瞳を輝かせ、熱心に語ってくれた。
「旅の友はイヤホンですね。気分や聴く曲、シーンによって使い分けています。遮音性の高いものやフィット感で選ぶこともありますが、決め手は”音質”。繊細な音や抜ける音が聴こえるタイプや、疲れているときは温かみのある音質で聴けるイヤホンにするとか、ガンガン聴いてモチベーションを上げたいときにはクリアな音質にこだわったものにするとか! 常に5~6本、多いときは8本くらい持ち歩いていますね(笑)」
カメラマンが撮影した画像を見ながら、「イヤホンをしている写真って新鮮!うれしい!」と頬を緩める。そんな愛してやまない旅の友は、戦友でもあるようだ。
「プログラムの曲を日常でも聴き込んで、『ここにこういう音がある』とか、『ああいう音もあるんだ』というのを、身体の中で感じ取れるくらいにしていきます」
競技の特性上、振り付けをただ踊るだけでは豊かな表現力とは見なされず、高得点につながらない。音を取って音(曲)に合わせて踊り、難しいエレメンツをこなしながら、その曲の世界観を表現できなくては、トップ戦線を勝ち抜けないのだ。
しかし、イヤホンで細部の音にまでこだわる表現者=スケーターがいたとは驚いた。演技中にリンクで流れるときには聞こえないかもしれない音までをすくい上げ、羽生結弦ワールドを体現したいという高い意識の表れに、私には聞こえた。

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