宮崎県 西都市 Saito, Miyazaki ANA FURUSATO  Payment of taxes

予想外の反響に驚いた! 西都市自慢の絶品ゆずこしょう

青々と茂る葉の木漏れ日に照らし出されて、鈴なりのゆずがきらきらと輝く。かつて生産者の窮地を救い、ふるさと納税で大きな反響を呼んだゆずこしょうは、まさに今、仕込みの時期を迎えようとしている。
SCROLL
イメージ
農業生産法人 (株) かぐらの里 代表取締役 濱砂 修司さん

かつては売れなくて困っていた…。45年目のゆず作り

宮崎県西都市は広い。中心地から山々の合間を縫うように張り巡らされた山道を北東に走ることおよそ1時間。龍房山、烏帽子岳、赤髭山に囲まれた銀鏡地区では、ちょうどゆずの収穫時期を迎え、活気に溢れていた。

「ここらは平地がないので斜面ばかり。ちょっと危ないので、収穫は男の仕事ですね。ゆずの場合は手摘みじゃなきゃダメだから。女の人は、おふくろなんかも手伝って唐辛子の収穫と仕分けをしています。この時期は人手不足になるので、大学のインターンシップを受け入れたり、サポーターさんなんかも呼んでね」

こう教えてくれたのが、かぐらの里代表の濱砂修司さん。起伏のある山々が連なり、透き通った小川が流れる見事な里山。この地で親の代からゆず栽培を始め、今年で45年になるとか。

イメージ

「寒暖の差があって、斜面なので日も良く当たる。うちのは薬なんてほぼ使わないけど、その割に汚いゆずはないですね。酸味が乗るし、香りもいい。ただ昔は苦労もありました。売れなくて困っている親父の苦労を見てきて。にっちもさっちもいかなくなった事業を立て直すために、10年くらい勤めたJAをやめて入ったんです」

ゆず農園は、土地を隔てて山あいに30箇所。風向きが変わったのが、加工品としてゆずこしょうを作ることを決めてからだという

地域が生き残るため。農業のみならず様々な活動を積極的に

「正直このゆずこしょうに辿り着くまでに10年掛かったんですよ。ゆずは手作業で削って表皮だけ使って、塩分の濃度にもこだわりました。唐辛子は10種類くらい作って、いろいろ試しましたよ。仕込みのブレンドも変えてね。手前味噌になるけど、ゆず屋のゆずこしょうはこういうもの! というのができたと思いますよ」

試しにいただいてみると、まず爽やかな香りがパッと弾ける。そのあとに、深い辛みとコクのある塩気が追いかけてくる。鍋から焼き鳥から、何につけても料理が引き立ちそうだ。

「売れ出したのはここ15年くらい。ただふるさと納税の返礼品に出したところ、好評をいただいて驚きましたね。簡単に売れるものじゃなかったし、昔は1本売るのにも苦労してきたので。ポン酢やドレッシングなど、うちが出しているほかの商品も動きがよくて、ありがたいですね」

イメージ

ふるさと納税ばかりではなく、実は濱砂さんが地域に貢献しようと取り組んでいることは多い。インターンシップの参加者を招いてノウハウを教えたり、山村留学制度で子供たちの受け入れも行う。さらに自ら神楽を舞い、海外で公演をしたこともあったそうだ。

「少子高齢化で山村に帰ってくる人たちがいなくなっていますから。地域貢献というより、地域の生き残りを考えてのことなんです」

イメージ
西都市総合政策課 さいとアピール係 係長 中武 篤郎さん

新しいことには勇気がいる。踏み出してこその気づきとは

ふるさと納税の反響の大きさに驚いたのは、生産者ばかりではない。西都市総合政策課の中武篤郎さんも、「当初の年間の目標を3カ月程度でクリアしてしまい、ビックリしましたね」と語る。それは昨年度の話。それまでは制度に参加はしていたものの、目立った返礼品を用意していなかった。

「しかし自治体が保有する資源をPRするマーケティングツールとして活用するように、だんだん雰囲気が変わってきました。宮崎県のほかの自治体も力を入れるところが多かったですしね。そこで、西都市の様々な特産品を揃えることにしたんです」

イメージ

ふるさと納税の返礼品を募集したものの、生産者の理解を得るために苦労したとか。

「どっちかというと昔気質の人が多くて。そこで私と、当時の上司と一緒にいろんなところを回りました。今となっては制度が広く知られるようになりましたから、意識は変化しているんでしょうけどね」

結果はかぐらの里の濱砂さん同様、自治体の意識を変えるものだった。このように、生産者はおろか、自治体も全国からの評価や秘めた価値に気づいていないことは多い。ふるさと納税は、内外にそんな気づきをもたらす取り組みといえるだろう。