飛行機に詩を乗せて。
詩人 菅原敏の東ヨーロッパ・ロシア朗読紀行。
2017.09.21ANAオリジナル


詩人としての創作活動のほか、雑誌での執筆、作詞など幅広く活躍している菅原敏さん。以前、ご登場いただいたインタビューではご自身の「詩と旅」について語っていただきました。今回は、菅原さんが今年6月、詩の朗読会のために訪れた東ヨーロッパとロシアの旅を詩と写真とともにご紹介いただきます。
飛行機に詩を乗せて見知らぬ街を訪れると、言葉の意味は剥がれ落ちて、声の響きだけが湿気のない国々でひとつの音楽になる。”Poetry in translation is like taking a shower with a raincoat on.”(詩の翻訳は、レインコートを着てシャワーを浴びるようなもの)と、映画「パターソン」でひとりの詩人は言っていた。だがそこには「それでもやらなくてはね」という思いが隠れている気もする。伝わる水の冷たさや温かさ。
とはいえ翻訳されて異なる服に着替えた自分の詩がスクリーンに映し出された姿を見るのは、鮮やかなワンピースにどきりとさせられたあの夏みたいな感触もあり。異国のみんなが私の詩の朗読に「うんうん」と頷いてくれるものだから「ああもう日本に帰るのやめた」なんて言いつつも、和食を求めて夜をさすらったり。
チェコのプラハを拠点に一ヶ月ほど部屋を借りて、フィンランド、ロシア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランドの7カ国を巡る旅。詩の朗読はロシアの「プーシキンの家博物館」(在サンクトペテルブルク日本国総領事館主催)、在ポーランド日本国大使館・広報文化センターの二箇所にて。文化交流のイベントとして現地のピアニストやオペラ歌手たちとご一緒してきました。
国境を越えるたび、新しい「こんにちは」をつぶやきながらスーツケースに詩を詰め込んで旅をした私の6月。写真と詩を交えつつ、ヨーロッパ・ロシアで過ごした夏の日々の断片をご紹介できればと思います。

『プラハ』
平べったい桃 青い葡萄 赤いレモン
毎朝それら見知らぬ果物たちをよく食べ
石畳を歩くかわいこちゃん
サマータイムのせいで
夜は昼のように明るく
昼は相変わらず昼なので
この街の人たちはみな
時計を川に投げ捨てて
やさしくビールを飲み続け
歳をとり 杖をつき 森へゆく
物価の安さ 東の歴史 階下のアトリエ
「もうこの街で一生暮らそうよ」と
話しながらも右足のかかとから
こぼれている砂
風が吹くと羽毛の花が雪のように舞って
帽子を手に取り にっこり笑う
おじいさんに さよならを
夕食後に果物と酒 坂を下り
沈まない太陽に 眼を細める
_2017/6/7

プラハからフィンランドへ飛行機で。ヘルシンキの真夜中は薄いピンク。
白夜の中でカモメたちと数日を過ごし、特急列車「アレグロ」でロシアを目指す。