ANA Inspiration of Japan

好奇心を刺激する、旅と日常にまつわるWebマガジンライフスタイルマガジン ANA Travel & Life (トラベル アンド ライフ)

飛行機に詩を乗せて。
詩人 菅原敏の東ヨーロッパ・ロシア朗読紀行。

2017.09.21ANAオリジナル

サンクトペテルブルク

『サンクトペテルブルク』

1837年 ロシアの詩人プーシキンは

美貌の妻にちょっかいを出す馬鹿野郎に

決闘を申し込み

相手のピストルに撃たれた傷が元で死んだ

今日 そのプーシキンが息を引き取った家で

俺はいくつか詩を読んで オペラを聴いて

真っ赤なスープをふたつ飲んだ

鮮やかなビーツのスープと苺の冷たいスープ


街を案内してくれた学生時代の後輩は

トランペッターから外交官になった

築200年のアパートメント

天井の高い部屋に一人で暮らす彼の日課は

仕事後のマリインスキー劇場

毎週土曜日のプール 部屋の前の川には船

太陽が沈まない街で若い時代を過ごしたなら

どんな夏を手に入れたんだろう


久しぶりに体中のガソリンを

最後の一滴まで使い果たして

動かなくなった体を馬車に押し込み

石畳をぽっくりぽっくり ただなんとなく

一緒に楽器を吹いていた学生時代を思い出し

都電荒川線 ゆらりゆられてまどろむ白夜

_2017/6/17

控え室から望む中庭

控え室から望む中庭。ロシアの国民的詩人・貴族でもあったプーシキンの生家「プーシキンの家博物館」での朗読会。
数百年の歴史の上に自分の言葉を重ねるような、かけがえのない時間となりました。

朗読会

菅原敏はСУГАВАРА Бинと書くそうです。基本、朗読は日本語で。
字幕でロシア語が流れ、自分で書いた言葉たちが見知らぬ衣装に着替えたような新鮮な感覚。

館長のスピーチ

館長のスピーチ。
お客さんたちも想像以上に日本語の詩への興味があり、色々と意見交換できたのも嬉しいひととき。

図書館

『眠っている本』

ロシアを始め幾つかの国で話を聞くと、大体のところ「詩」は教科書の中で触れるのみで、埃をかぶった本の中で眠っているだけの昔話になっているという。「みんな素晴らしい詩があることは知っているの。でも、本を読まないのよ。特に若い子はスマホばっかりで」領事館でのアフターパーティで日本語堪能なロシアのマダムが話してくれた。長年、日本語の教師をしているという。日本語が堪能だった彼女は、かつてソ連時代にKGB(旧ソビエト連邦国家保安委員会)から日本大使館に勤めるようにと言われたらしい。それはすなわちスパイを意味する。「一緒に図書館で日本語を勉強していた初恋の彼はもう死んじゃったの。だから私は彼の分も、たくさん本を読むの」。大きな体で別れ際にハグをして「またこの街に詩を読みにきて」と、お土産にサンクトペテルブルクの宮殿たちが鮮やかにプリントされたカレンダーをくれた。
その後も私はウオッカベースのカクテルを飲み続け、ウラル山脈の麓で生まれて今は明治期の日本文学を学んでいるという学生さんたちに、たまたま持ってきていた与謝野晶子の歌集などをプレゼントした。宝物のように本を抱え、ページをめくる姿を見て「眠っている本たちの中に、少なからず宝石を見出す人たちはどこの国にでもいるものだなあ」と、嬉しい気持ちで再びグラスに手を伸ばし、ウラル山脈から明治期の短歌まで、その距離に思いを巡らせる。