ANA Inspiration of Japan

ANA Travel & Life

軍艦島と長崎グルメ&観光1泊2日36時間の旅

2016.02.18ANA Original - ANAオリジナル -

【2日目】いざ、軍艦島へ!

2日目はいよいよ軍艦島です。天気が気になり早めに起きました。少し曇っているけど大丈夫そうなので安心。
長崎港の常盤桟橋にある「軍艦島コンシェルジュ」の集合場所に行くと、すでにたくさんの人たちが待っていました。予想以上の人気ぶり。海外からのお客さんも何人かいました。

「軍艦島コンシェルジュ」の船
「軍艦島コンシェルジュ」の船

出港すると、船内でガイドさんが行く途中にある三菱造船所のことや軍艦島の歴史をビデオや資料を見せながらわかりやすく解説してくれました。

ほどなく、軍艦島が見えてきました!
急いで船のデッキに上がりましたが、波があって船が大きく揺れ、風も強くて写真を撮るのが大変でした。
でも、上陸する前に島の回りをぐるりと半周しながら見る軍艦島の全貌はダイナミックで圧巻です!
そして軍艦島に近づき、その建物を近くから見るとやはり強烈なインパクトがあります。
幾つものコンクリートの廃墟になった建物が立ち並び、高い波が激しく打ち付けるコンクリートの外溝には、いまにも崩壊しそうな箇所もありました。

船から見る軍艦島
船から見る軍艦島
船から見る軍艦島の全景
船から見る軍艦島の全景
船から見る軍艦島の建物
船から見る軍艦島の建物

そして、いよいよ上陸です。
最盛期は5,300人がこの炭鉱の島に住み、人口密度は東京の9倍もあったそう。エネルギーが石炭から石油に移行したことで採掘量も人口も減り1974年から無人島になりました。それから40年以上放置され、今は建物の崩壊が進んでいるため安全な一部のエリアにしか立ち入りできません。
有名な端島小中学校(70号棟)の天井は落ち、石炭を運ぶ長いベルトコンベアのコンクリート柱だけが残っていました。

ベルトコンベアのコンクリート柱と天井が落ちた端島小中学校(70号棟)
ベルトコンベアのコンクリート柱と天井が落ちた端島小中学校(70号棟)
軍艦島で解説する「軍艦島コンシェルジュ」のガイドさん
軍艦島で解説する「軍艦島コンシェルジュ」のガイドさん

ガイドさんの説明もおもしろく、つい聞き込んでしまいます。炭鉱が海面下1,000m以上あり、仕事がとても危険だったこと、木々を育てる場所がなかったためアパートの屋上に菜園を作った話など、軍艦島での生活を当時の写真を見せながら説明してくれました。日本の近代化を支えた軍艦島の歴史や背景を知ることができて、訪問が一層楽しいものとなりました。
1916年に建てられた日本最古の鉄筋コンクリート造建築(30号棟)も崩壊が進んでいましたが、100年たった今も見ることができます。当時この30号棟では家族が6畳のワンルームで暮らし、風呂、トイレ、キッチンは共同だったそうです。

アパート30号棟(右)と31号棟(左)
アパート30号棟(右)と31号棟(左)
アパート(30号棟)
アパート(30号棟)

1時間ほどの滞在で、実際にインパクトのある外観を見るだけでなく軍艦島の歴史や当時の島民の生活も知ることもでき、貴重な体験となりました。やっぱり、来てよかった!

長崎港へ帰る際は、大型客船を製造している三菱重工の巨大な造船所や軍艦島と同じく「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産のひとつとして世界文化遺産への登録が決まった、日本初の電動クレーン「ジャイアント・カンチレバークレーン」をデッキから眺めながら帰港しました。

三菱重工の造船所のクレーン(白い三菱マークがテニスコートと同じ大きさです)
三菱重工の造船所のクレーン(白い三菱マークがテニスコートと同じ大きさです)
三菱重工の造船所
三菱重工の造船所
三菱重工の「ジャイアント・カンチレバークレーン」
三菱重工の「ジャイアント・カンチレバークレーン」