1.安全リスクマネジメント
ANAグループでは、航空機の「運航」のみならず、「お客様」、「社員(作業者)」および「保安」も加えた4つの分野において、発生した不安全事象やヒヤリハット情報等に対し、以下のプロセスでリスクマネジメントを実施しています。
運航
事故・重大インシデントの防止
お客様
出発から到着までのお客様の身体・生命への危険防止
社員(作業者)
ANAグループ社員への危険防止
保安
テロ・ハイジャックなど不法行為の事前リスク発見・予防対策
事象の把握
社内外の不安全事象やヒヤリハット等から入手した安全情報、運航に関するデータ分析から得られた情報、乗務員の疲労に関する情報、内部安全監査情報等をもとに、安全リスクの対象となる事象を抽出します。
ハザードの特定
所定の教育を受けた安全リスク評価員が、抽出された安全リスク対象事象を分析し、ハザード*¹を特定します。
- *1.ハザード: 航空機の事故もしくはインシデント等の原因または要因となる可能性のある状態または事物をいいます。
リスクの評価
安全リスク評価員は、以下のプロセスに沿ってリスク評価を行います。
- Step1
- 不安全事象から「予想される危険(最大想定リスク)」を考える
- Step2
- 「予想される危険」が起きた場合の「影響度」と起きる「発生頻度」を考える
- Step3
- 「影響度」と「発生頻度」により、マトリックスを使って安全リスクレベルを決める

是正措置の検討と実施
当該事象の関係組織と安全推進センターが連携して分析・評価を行い、対策を立案・検討します。安全リスクレベルに応じ、以下のとおり対応します。
安全リスクレベル
- LevelD
- 甚大なリスクがあり、直ちに経営判断を伴う対策を講じる必要がある安全リスクレベル
- LevelC
- 大きなリスクがあり、可及的速やかに経営判断を伴う対策を講じる必要がある安全リスクレベル
- LevelB
- 各専門機能で管理基準によるモニターを要するリスクはあるが、直ちに経営判断を伴う対策を講じる必要性は低い安全リスクレベル
- LevelA
- 日常業務において管理可能な安全リスクレベル
フロントライン
実動
安全推進センターとともに対策検討・実施し、課題解決まで当該社、センター・フロントラインとして取組む。
主管
課題解決まで当該社、センター・フロントラインとして対策検討・実施し、安全推進センターに報告する。
主管
対策の検討、実施の進捗管理について経営判断を含め課題解決まで主体的に取り組む。
協働
当該社、センター・フロントラインから報告を受け、必要により再評価・展開など全体的視点から対策を検討する。
連携
安全リスクレベルに応じた対応
- LevelD
- 経営者が他の全てに優先し、直ちに同種の運航、サービス等を停止することも視野に入れ、リスクを排除するための対策を講じる必要がある。 (リスクレベルCと同様の管理体制でリスク低減を図る。)
- LevelC
- 総合安全推進会議へ報告され、経営者の判断を仰ぎながら安全推進センターが管理主体となって対策実施部門が実働を担い、リスクレベルがB以下になるよう可及的速やかに対策を講じる必要がある。
- LevelB
- 各専門機能を中心に、管理組織とフロントラインが連携し、計画的にリスクを排除するための対策を講じ、リスクレベルAへ低減する改善が必要である。
- LevelA
- 各専門機能を中心に管理組織またはフロントラインが、日常的に注意喚起、情報共有、ナレッジの蓄積を行い、再発防止の対応を講じる必要がある。
是正措置の有効性評価
安全リスク評価員は、是正措置実施後の現状に対してリスクレベルを再評価します。リスクが許容できるレベルと判断されない場合は、必要に応じて追加対策を立案、実行します。
変更管理
航空輸送は日々変化する環境において安全を堅持することが求められています。ANAでは、業務環境の変化、新たな仕組の導入、手順の変更などにより発生するハザードや安全上のリスクを特定・評価し、必要な予防対策を実施するための変更管理を確実に実施することで、想定される不具合を未然に防止しています。
ボウタイ・モデル(Bowtie Model)
ボウタイ・モデル(Bowtie Model) はリスクの高いシナリオにおける因果関係を分析および実証するために使用できるリスク・アセスメントの方法の一つで、先進的な取り組みを行っている航空会社が導入しています。ある事象の『スレット(原因)*²』とそこから想定される『不安全事象』、さらにはその先につながる『重大な不安全事象』との間にあるべき防護壁の有無と有効性を評価することにより、リスクを視覚的に把握し、より体系的で効果的な対策を打つためのツールです。ANAのリスクマネジメントにおいてボウタイ・モデルを導入することで、効率的かつ効果的に安全管理に取り組んでいます。
- *2.スレット: ハザードに作用し、軽微な不安全事象を作り出してしまうかもしれない直接的な原因となる可能性があるもの。

図 乱気流(タービュランス)による事故のボウタイ・モデル図イメージ(例示)*³
- *3.上図のボウタイ・モデル図はあくまでイメージ(例示)であり、実際には上記取り組み以外にも様々な対策を講じています。
2.最近の安全リスクマネジメントの取組み
2-1 乱気流(タービュランス)による事故防止対策
近年、気象環境の変化に伴い世界的に乱気流(タービュランス)によるお客様および客室乗務員の負傷リスクが高まっています。
ANAグループでは、関連組織が連携して乱気流(タービュランス)によるお客様および客室乗務員の負傷を防止するために、「揺らさない」「揺れに備える」「けがをさせない」の3つの視点から力を入れて取り組んでいます。
1)揺らさない
従来の気象解析・飛行中の他機からの情報・管制からの情報等に加えて、乱気流の予測および適切なルート選定を可能とするツールであるJeppesen社のGTG(Graphical Turbulence Guidance)や、IATAと契約してEDR(Eddy Dissipation Rate)を導入し、揺れに関する精度の高い予測値と実況値の情報を運航乗務員、運航管理者等のタブレット型端末から確認できるようにしています。また、運航乗務員が上空でこれらの最新情報を更新できるように環境を整えています。ANAは北東アジアでEDRを導入した初めての航空会社であり、EDR導入により運航の安全性および快適性が向上されることが期待されます。

2)揺れに備える
乱気流による負傷を防止するためには、運航乗務員と客室乗務員間のコミュニケーションも重要な要素の一つになります。
運航乗務員はコックピットの体感だけでなく、客室での揺れも勘案し、早めにベルト着用サインの点灯を判断します。
客室乗務員はベルト着用サイン点灯時は早めにお客様に注意を促すとともに、消灯時でも揺れによってお客様に危険が及ぶと判断した場合は、ベルト着用指示などの安全措置を行い、機長へ報告します。
3)けがをさせない
乱気流遭遇時にお客様が取るべき行動を周知し、予防意識を高めて、お客様ご自身の安全な行動を促すことを目的に、機内で乱気流の揺れに対する注意喚起の安全ビデオを上映しています。
また客室乗務員は、予期できない突然の乱気流遭遇時に、その場で身の安全を確保することを最優先にします。
客室乗務員は、乱気流による身体の浮き上がりを最小限にして自身の身を守るため、搭乗毎に手すり・ハンドル等のつかまることが可能な場所を確認しています。あわせて、新入社員訓練ではモーションモックアップ(揺れの体験ができるシミュレーター)を使って実際に揺れを体験し、とっさに身を守る行動をとれるようにしています。

2-2 飲酒に起因するリスク対策
航空輸送の安全に関する業務を遂行する従業員の飲酒は、運航に関するハザードであると考え、事故・インシデントの未然防止の観点から、飲酒に起因する不安全事象防止対策(以下、アルコール対策)を安全管理システム(SMS)の一部として運用しています。
1)アルコール対策の取組み体制
ANAグループでは、飲酒に起因した不安全事象の撲滅とANAグループ社員の健康増進を目的として、アルコール対策に関し経営者レベルで重要事項を決定する「ANAグループアルコール対策委員会」(委員長:ANA安全統括管理者/事務局:総合安全推進室)を設置しています。
また、「ANAグループアルコール対策評議会」を設け、アルコール対策全般について、社外専門家の見地から評価ならびにアドバイスを受け、活動の透明性確保と持続的な活動を図っています。

2)主な取り組み
確実かつ厳格なアルコール検査体制の確立
運航乗務員、客室乗務員、整備従事者、その他運航従事者は、第三者の立会い等の不正ができない環境下でアルコール検知器を用いた検査を確実かつ厳正に実施することにより、アルコールの影響がある状態では就業できないことを、運航規程附属書等に規定しています。アルコール検査の全実績は、合否を問わず第三者やシステムを通じて各職掌の管理部署へ報告され厳格に記録・管理されます。
ANAグループ全社員へ適正飲酒習慣の浸透
ANAグループは「適飲Drink@012」を掲げて全役職員で活動しています。これは、飲めない人/飲まない人は0ドリンク、体質的に弱い人は1ドリンク、日常的な適正飲酒量は2ドリンクとしたうえで、週2日を休肝日とすることを習慣化するための取り組みです。飲酒に関する⼀⼈ひとりの日常的で自律的な自己管理はもとより、その重要性を全役職員が再認識するために毎年11月を「ANAグループ適正飲酒推進月間」としています。
2-3 乗務員の疲労リスク管理
運航乗務員および客室乗務員の疲労は、運航に関するハザードであるため、事故・インシデントの未然防止の観点から、安全管理システム(SMS)の一部として、疲労リスク管理(Fatigue Risk Management)を実施しています。
1)疲労リスク管理の体制(運航乗務員の例)
運航乗務員の疲労リスクを専門的に分析する、Fatigue Safety Action Group(以下、F-SAG)を設置しています。このグループにおいて、疲労を起因とする不安全事象の未然防止・再発防止を目的としたリスクマネジメント活動や教育・啓発活動の立案・実行等を行っています。

2)主な取り組み
運航乗務員、客室乗務員、その他疲労リスク管理に携わる者は、疲労リスク管理に関するそれぞれの責務を認識し、リスクの低減に努めています。
疲労ハザードを特定するためには、運航乗務員および客室乗務員からの情報提供が重要であり、積極的な情報提供を奨励しています。収集した情報を分析し、リスク低減にむけた対策を実施しています。対策実施後はその妥当性を評価し、疲労リスクが低減されていることを確認します。
適切に疲労リスク管理を運用するための教育を実施し、疲労リスク管理の理解促進、定着に取り組んでいます。
3.その他の安全に関わる取組み
3-1 ピアサポートプログラム
運航乗務員のメンタルヘルス向上と、心身共に健全に働ける環境整備を目的としてピアサポート活動(ANAピアサポートプログラム)を行っています。ピアサポート活動は、教育を受けた運航乗務員(ピアサポーター)が不安や悩みを抱える仲間に寄り添い、悩みを傾聴することによりそれらを軽減・解消していく活動です。プログラムには心理士も参加しており、ピアサポーターと連携し、メンタルサポートを実践しています。
3-2 運航乗務員のメンタルヘルス
運航乗務員の精神状態は、定期的に行われる航空身体検査において精神科医との面談等により確認しています。検査では航空身体検査マニュアルに従い、様々な項目の確認が行われます。また、問題が特定された場合は、運航規程附属書に従い、すみやかに乗務停止の措置をとります。その後、 運航規程附属書に定められた手順を経ることにより乗務に復帰することが認められております。加えて、運航乗務員を含む全従業員を対象にストレスチェックを毎年実施し、健康増進に取り組んでいます。
3-3 薬物対策
会社規定により、運航乗務員に対して下記の事項を禁止しています。
- 原則として、乗務開始時間まで効力を及ぼす麻酔剤その他の薬物(向精神薬を含む)を使用すること。
- 医師の指示に基づく医療上の目的以外で薬物を使用すること。
- 医療上の必要により薬物を使用した場合に、その医療完了前に乗務すること
また、航空身体検査において、薬物にかかわる項目があり、医師が薬物に依存していないことを確認しています。
3-4.食の安全・安心
ANAではお客様に機内食を安心してお楽しみいただくために、
- 「機内およびラウンジにおける食の安全」
- 「おいしさを追及する味品質」
- 「安全で迅速正確なサービス物品の航空機への搭降載および管理」
以上、3つの視点から品質を管理する「ACQP(ANA CATERING QUALITY PROGRAM)」という品質管理システムを導入しています。
特に「食の安全」に関しては、専任の監査員が日本および世界各地の委託先ケータリング会社を定期的に訪問して行う衛生監査に加え、ケータリング会社に対する評価をより客観化するために、外部専門機関による監査も実施しています。
機内食以外にも、空港内自社ラウンジでは専任の監査員が定期的にラウンジの衛生品質について確認を行っています。また、機内で使用している水の品質についても専門検査機関による定期的な水質検査を実施するなど、お客様に安心してお過ごし頂けるよう品質管理に努めています。