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愛は資本主義じゃない

Composed by
夏目知幸
30万年程前に数回起きたとされる噴火によって形成された阿蘇のカルデラ地形。想像も及ばないスケールの時間の流れは、千葉県浦安市で生まれ育った夏目知幸の知的好奇心を刺激する。「浦安の埋立地エリアは高低差がないフラットな土地。人工的に作られた街なので、神社仏閣もありません。真逆と言っていい阿蘇にはとても興味を引かれます」。山以外に遮るものがなく、高く透き通った阿蘇の空に比例するように、明るくて暖かい街の人たち。初めてなのにどこか暖かい、そんな阿蘇の魅力を伝えるプレイスリスト。夏目が阿蘇で出会ったのは、面倒見が良すぎるほどの店の人々と見飽きることのない大自然。愛はおしゃれでもなければ、対価を払うものでもない。決められた枠組みや画面のなかでの生活に疲れたら訪れたい阿蘇の場所。

目次

父娘庵
上色見熊野座神社
白川水源
火の山トンネル
大観峰
酒房 筍ん子
地獄温泉 すずめの湯
高森田楽保存会
阿蘇丸漬本舗 徳丸漬物
阿蘇火山博物館
阿蘇プラザホテル

父娘庵

住宅街にひっそりと構える父娘庵(おやこあん)は、ハンバーグ定食や阿蘇産の黒毛和牛を使ったステーキセットなどが味わえる定食屋で、いつも多くの地元のお客さんで賑わっている。料理人として修行を積んだ店主が「亡くなった娘と一緒に店を出す」という長年の夢を実現させたのがこの店で2017年のオープン以来、様々なお客さんをもてなしてきた。亡き娘の描いた絵が店の至るところに飾ってあり、東京で歌手として活動する息子・水瀬団が店の広報担当で、家族一丸となって今日も営業している。「愛に溢れていてまるで実家のよう」と夏目が語る店の雰囲気は、お母さんにご飯のおかわりを頼むついでに、身の上話もしたくなってしまうような温かさがある。店主いわく「事前に相談してもらえれば、離乳食から貸切営業まで対応可能」とのことで、これまでリクエストされたメニューの数だけ、訪れた人のドラマがあった。夏目が選曲したのは、1970年代に活躍したブラジルの歌手・Toni Tornadoの「Cabeca Oca」。「楽しいお店だったので、楽しい曲を。旅の最初にノリよく行きたい感じにぴったりの曲です」。

上色見熊野座神社

上色見熊野座神社は、阿蘇・高森町にある四大熊野座神社の1つで、国産みの神である伊邪那岐命(イザナギノミコト)、伊邪那美命(イザナミノミコト)を祀っている。両側に広がる背の高い杉林に日の光を遮られた参道を1歩ずつ上がるたび、静寂でひんやりとした空気が鮮明になり、「神域さ」を感じる場所だ。「ゾーンが変わるような感じがとてもよかったです」と夏目。「『結界を知らせるための神社は境内の道をまっすぐには作らないことがある』と、以前聞いたことを思い出すような、緩やかなカーブがかかった本殿へのアプローチ。何かに誘われている感覚があってワクワクしました。」。参拝をすませたら、神社の奥にある10メートルほどの穴が空いた「穿戸岩(うげといわ)」も見逃せない。夏目いわく、「光の差し方や風の抜け方がとてもよくて、祈りたくなるような雰囲気を感じました」。選曲は、Luiz Bonfa の「Enchanted Mirror」。「神秘的な場所で、ゲームをよくやる僕にとってはRPGゲームの重要な場所のようにも感じました。優しい感じもあったので、こういう曲が合うと思います」。

白川水源

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アウトドア
「火の国・熊本とはいえ、水源もたくさんあって、土地がいきいきとしているのがとても印象的でした」と語る夏目が訪れたのは白川水源。60トンもの水が毎分湧き出ていて、熊本市内を流れる白川の源にもなっている、阿蘇を代表する水源だ。水面に映る木々の反射は、鏡を見ているように美しく、水の透明度も目を見張るほど。街の至るところにも、他の多くの水源を見ることができる阿蘇は、歩いているだけで「自然の循環」を体感できる。「まず溶岩があって、そこに水が流れて水源が多くできたんだろうなと、大地や山のことについて考えてしまう。阿蘇はとにかくスケールが大きい場所だなと思います」と夏目。そんな白川水源には、ブラジルのオルタナティブロックバンドの曲「Sorbe o Tempo」をセレクト。「すごく瑞々しいのが好きでたまに聞く彼らのヒット曲です。軽くて、自然。ちょっと青春っぽい匂いがする曲を」。

火の山トンネル

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アウトドア
阿蘇パノラマラインから阿蘇山頂に向かう途中に位置する火の山トンネル一帯は、どれだけ近づいても見上げずにはいられない、雄大な山の峰が連なっている。「トンネルが異世界へと続くエントランスみたいで、冒険心をくすぐられるような高揚感が楽しかった」と夏目が語るように、トンネルを抜けると見えてくるのは、どこまでも続く草原や噴火したばかりの阿蘇山から延々と溢れ出る煙だ。「ニュースでみた噴火の映像を思い出しました」。目の前に広がる大自然に圧倒され、「今噴火したら終わるな」という自然への畏怖の念をも感じてしまう。「スケールの大きい景色に合う音楽を考えてたら、意外とこういう曲かも」と、夏目はKhotinの「Groove 32」をセレクト。

大観峰

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アウトドア
大観峰は、阿蘇の山々を360度見渡す限り楽しめる絶景スポットだ。阿蘇を訪れたら必ず立ち寄りたい。「あまりない地形に立たされている感じがした」と夏目。夕暮れ時は、自然が作り出したとは思えない、綺麗な紫や青が混じったパステルカラーが、山際をなぞるように広がり幻想的な景色を味わうことができる。また、ここから見える阿蘇五岳はお釈迦様の寝姿に見えることから「涅槃像」とも呼ばれていて、お坊さんからの信仰もあるのだそう。
「大観峰から見える阿蘇山=涅槃像。英語で涅槃仏を『リクライニング・ブッダ』というのはちょっと違うような気もしますが、涅槃といえばNirvana。そして、10代か20代前半の若い男の子たちがはしゃいでいたり、隣県ナンバーの車で訪れた若い子たちも楽しそうにしてたので、もうこの曲しかないだろうと思います」と夏目。Nirvanaの「 Smells like Teen spirit」を、箸が転んでもおかしい世代と阿蘇の涅槃にむけて選曲。

酒房 筍ん子

「提灯をすぎて、奥まった細い道を突き当たったとこにある引き戸、という店までのアプローチからよかった」と振り返るのは、地酒と郷土料理が味わうことができる居酒屋・酒房 筍ん子。家族で経営しているこの店は、料理も雰囲気も暖かみを感じることのできる店だ。「女将さんの日本酒の説明もすごく丁寧で、昼間に行った水源で感じた水の柔らかさを再確認できました。1日阿蘇を巡った体験がお酒として抽出され、味わえたのもとてもよかったです」と夏目。「からし蓮根などの地元のものはもちろん、自家製ソースのナポリタンも最高でした」。選んだ曲は、阿久悠の作詞で1974年リリースされた伊藤咲子の「ひまわり娘」。「昭和っぽい感じからこの曲にしました。イントロがThe Rolling Stonesの『Ruby Tuesday』みたいで洒落てるんです」。

地獄温泉 すずめの湯

地獄温泉は200年以上の歴史を持つ阿蘇の名湯だ。2016年の熊本地震で館内の大部分が被害を受けるも、残った部分を中心に復興を開始。震災以前は混浴だったすずめの湯は、復興を機に着衣入浴で性別、性自認にかかわらずいつでも誰でも入浴可能になった。また、湯治として知られたこの温泉も今は日帰り入浴を受け入れるなど、時代と共にアップデートを続けている。「入った瞬間、濃さがわかるお湯でした。隣の水風呂と行き来すればサウナに勝るとも劣らない、1日中いたくなる場所でした」とサウナーの夏目も唸るほど。「アタック柔らかでディープな湯感触。優しくて濃い感じは、Cal Tjaderの『Aquarius』を思い出しました」。

高森田楽保存会

上色見熊野座神社の隣にある高森田楽保存会は、高森地区の郷土料理 高森田楽の元祖で、現在で3代目、2020年に60周年を迎えた。皇族・秋篠宮家から、テレビで活躍する芸能人まで足を運ぶ名店だ。座敷で炭火にあたりながら食事を待つ時間は、まるで実家に帰ってきたかのよう。それぞれの田楽の焼き方を丁寧に教えてくれるが、結局全部自分でやってしまう、面倒見の良すぎるお母さんに、「愛は惜しみなく与えないと!と教えられているようでした」と夏目。「関東のしょっぱめのイメージとは裏腹の優しい味噌の味とそれに負けない素材の旨み。どちらも十分に感じることができました。みんな仕事を楽しんでいたのもよかったです」と振り返る。やけのはら、P-RUFFら4人で構成されるアンビエントユニット・UNKNOWN MEは、この店での経験を想起させる。「アンビエント感覚で楽しめるご飯だったので、こういう曲がいいかなと『Breathing Wave』を選びました。田楽が焼かれるのを見ていると時間の感覚がちょっと変質する感じもありました」。

阿蘇丸漬本舗 徳丸漬物

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買い物
高森田楽保存会から市街地へ戻る途中にある徳丸漬物では、3代目を担う夫婦が手作りした漬物を買うことができる。奥さんが自筆で書いているというオシャレなフォントをあしらったラベルと、素材の色を生かしたパッケージが目を引き、ついついお土産に買いたくなる。隣の食堂ではその場で食事もすることができるのだそう。「伝統をしっかりと受け継ぎながら、自分たちの時代のものにしていたのがよかった」と夏目が連想した曲はトクマルシューゴの「Mazume」だ。「ダジャレだけど、聴いてみると漬物に合う音楽でした。日本語が可愛く響いていて、この店の可愛い感じともあってると思います。優しい感じがします」。

阿蘇火山博物館

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博物館
草千里ヶ浜にある1982年に開館した阿蘇火山博物館は、ノスタルジックな雰囲気が今なお残されていて、「昭和の名残り」と「阿蘇のカルデラの全て」を秘めた場所に、博物館好きの夏目のボルテージはピークに達していた。「入り口のレトロなフォントも建物も最高でした。旅の終盤に訪れた場所を振り返りながら、答え合わせのように阿蘇の土地や火山について理解を深めてほしい」と彼は語る。3階の5面スクリーンのあるマルチホールでは、阿蘇の火山やカルデラを説明したショートムービーが多言語で上映されていて、職員の「届けたい」という気持ちが伝わってくる。そして、もう1つ見逃せないのが、特撮のゴジラシリーズを支えた故・井上泰幸氏が手掛けた阿蘇火山のジオラマと、ウルトラマンや映画シン・エヴァンゲリオンの背景美術で有名な島倉二千六氏が担当した、写真と見紛うほどの背景作画だ。突然現れた、カルチャー的な接点に夏目のテンションは急上昇。「昭和の未来感と、マグマの力強さ。そして地球と、丸ごと感じられてスケールが大きい。『火の鳥』を思い出しました」と、Battlesの「Atlas」を選曲。

阿蘇プラザホテル

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ホテル
阿蘇プラザホテルは、半世紀以上続く老舗の旅館だ。「温泉ホテルのリラックスしたムードのなかに、絵画やガラス工芸などが並べられていて、美術館の中にいるような気分にもなる」と夏目が語るように、日本画やフランスのガラス作家・エミーレ・ガレの作品が館内に飾ってあるため、浴衣に着替えて大浴場へと向かいながら館内を散策するのも楽しい。
そんな「ゆるめで不思議な感じの雰囲気」に合わせたいのがロサンゼルスのキーボーディスト・Jacob Mannの「Fiore」だという。ちなみに、最上階の展望風呂は西日がさす夕方がおすすめで、内風呂は朝日を浴びて黄金に輝く湯気とともに入る朝風呂が夏目のお気に入りだ。
Photos by 小川哲汰朗
その他のプレイスリスト
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(アソビ)ギナーズラック

Composed by
imai(group_inou)、辻友貴(cinema staff)
初めて阿蘇を訪れたimaiと辻。group_inouとcinema staffとして同時代の音楽シーンを牽引し、長年交流を重ねる彼ら。友人同士だからこそのリラックスした雰囲気のなかで訪れる場所はどこも刺激的。阿蘇ビギナー2人の遊びに満ちた旅は、あまりにも出来すぎていた。
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大人になってもアソびたい

Composed by
Bose(スチャダラパー)
『阿蘇ロックフェスティバル』出演のために阿蘇を訪れたことがあるスチャダラパー・Bose。しかし、阿蘇のスポットを巡るのは今回の旅が初めてだった。予想を超える魅力に溢れた阿蘇の場所の数々に、Boseは圧倒される。大人の遊び場は世界有数のカルデラにあった。
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