ANA Inspiration of Japan

ANA Travel & Life

詩のないところに詩を運ぶ
詩人、菅原敏が言葉と声と身体で伝えるもの

2016.07.28ANAオリジナル

ANAオリジナル
菅原敏さん

ある梅雨の遅い朝、とある根津のカフェに「ちょっとそこまで」といった風情で現れた菅原さん。行きつけだという「couzt cafe」は、詩の構想を練る場でもあるそうです。詩人という肩書きを持ちながら、動画サイトYouTubeで評判となった「詩人天気予報」やデパートの館内放送ジャック、Superflyの作詞など、紙の上にとどまらない自由な活動で注目を集める菅原さんに、詩と旅について伺いました。

Text by
Naoko Sumita
Photo by
Masashi Yoshikawa

紙の上を飛び出して、詩のないところに詩を運ぶ

―― この辺りにお住まいなんですか。

菅原敏さん(以下菅原):はい。去年の4月1日に引っ越してきました。ずっと東京の西側ばかりに住んでいたので、ちょっと環境を変えてみようかと思って。

―― 住んでみていかがですか?

菅原:すごくいいですよ。夜、店が閉まるのが早い(笑)。だから少し健康的になれたかな。老舗が連なる町にこんなカフェがあったりしておもしろいし、引っ越した後にわかったんですが、意外とアーティスト仲間が多く住んでいたり…。

―― そういえば東京藝術大学の学生さんと活動されていましたね。

菅原:ええ、東京藝術大学大学院デザイン科(視覚伝達研究室・企画理論研究室)との共同プロジェクトで、雑誌を作っていました。

雑誌 MOZ

―― 詩を街に連れ出す?

菅原:MOZというタイポグラフィーの雑誌の巻頭企画として、『詩を街に連れ出す』をテーマに活版印刷(スタンプ)の工房をリヤカーで引きながら方々で詩をつくり、さながら豆腐売りのように、街で詩を売り歩くというものです。
数百あるモリサワのフォントの中から私が選んだ明朝とゴシックの2つをスタンプにし、リヤカーに積み込んで街に出たんです。私はリヤカーをひいて詩に合う風景を探す。ピンときた場所で一文字ずつスタンプを押して、詩を完成させるんです。

菅原敏さん

―― 印刷工房の中ではなく、街中で詩を仕上げるということですか?

菅原:はい。谷中、根津、千駄木辺りは、緑溢れる公園があり、美術館や博物館があり、寺や墓地や商店や民家がある。様々な風景が混在する、多様な表情を持つ街。この街に詩を持ち込んでみたかった。それには、私自身が街に出るのがいいと思ったんです。

スタンプで詩を綴る

―― スタンプで詩を綴る、というのもおもしろいですね。

菅原:詩よりも先にフォントがあるというのは初めての体験でした。普通は書いた詩をどのフォントで印刷するかを選ぶでしょう?スタンプを押すにしても、インクの乗り具合や押す力加減で表情が変わるんです。
その感覚がとてもおもしろかった。詩自体もひとつの事柄を主観で描いた詩と客観的な目線で描いた詩、対になった二篇の詩を書き下ろしました。そのためにフォントも主観と客観に対応した明朝とゴシックで書き分けられています。

スタンプで綴った詩

―― その詩は実際に売ったんですか?お豆腐屋さんのように。

菅原:いえ、これは雑誌の企画なので、実際に売った訳ではないです。でも生活に困ったらリヤカーをガラガラ引いて、詩を売り歩くのもいいかもしれないですね(笑)。

声や身体は、詩を伝えるための手段

―― 詩を書き始めたのはいつからですか?

菅原:大学時代からです。ジャック・ケルアックやバロウズなど、ビートニクの世代が好きで。彼らは黒人のジャズをバックにポエトリーリーディングをしていたんですが、読み物というよりはそのスタイルから大きな影響を受けました。自分も最初はサックスを吹いていたのですが、次第に演奏に合わせて詩を読んだりしていました。

―― 単に紙の上に描かれた「言葉」以上の存在を求めていた?

菅原:たぶん私は自分の身体、特に声を使うことで、言葉だけでは伝えきれない行間をさまざまな色で表現してみたかったんだと思います。もともと詩人たちは印刷が発明される前までは、その声で伝えていましたし。

THEATRE PRODUCTSというファッションブランドと「朗読BAR」というのをやったこともあります。バーのメニューに「昨日の詩」「夜の詩」「50年後の詩」などのメニューがあり、詩を注文いただいたお客さんには、チェロの音色に合わせて朗読とお酒を提供したり。

「朗読BAR」メニュー

日本橋三越の館内放送で詩を読んだり、新宿伊勢丹でマネキンを従えて詩を読んだりしたこともあります。デパートさんの懐の深さには驚きましたね、普通あり得ないでしょう、デパートの館内放送で詩が流れてくるなんて(笑)。でも後日、私の朗読会に「あの日、魚を買ってるときにあなたの詩を聞いたのよ」というおばあちゃんが来てくれたり。詩のないところに詩を持ちこむという活動がひとつ実ったようで、嬉しかったですね。

マネキンを従えて詩を読む

―― Youtubeで拝見した『詩人天気予報』は印象的でした。

菅原:『詩人天気予報』が生まれたのは「詩と情報の間には何があるのか」と思ったことがきっかけです。予報は過去になれば意味を失い捨てられてしまう。だけど詩と交えてアーカイブしていくことで、新たな意味を持たせることが出来るのではないかと。「先週の天気予報、見た?」ってなんだか面白いですよね。Youtubeから始まってラジオ番組になり、気象予報士さんとの対談イベントや映画館での上映、最終的にはコンテンツ買い上げと、メディアをめぐる冒険に連れていってくれました。

どんな時代、どんな国に生きようと、人は恋をする生き物なんですよね

―― バイロンやゲーテなどの詩を訳すこともあるそうですね。

菅原:はい。『新訳 世界恋愛詩集』という、いにしえの恋愛詩を超訳する連載をしています。古典の詩については既に訳があるものもありますが、常に自分の言葉で訳すことを意識しています。もし彼らがいま生きていたら、こんな言葉で伝えるのではと想像しながら。既存の詩を一度壊して私なりに再構築するので純粋な翻訳とは言えないかもしれないですね。

彼らの詩を読んで感じるのは、どの国、どの時代に生きようと、人は恋の言葉を書き記すということ。戦争や動乱、時代の波に翻弄され怒りの声を上げる詩人も、ふいに恋の詩を書くことがある。恋愛詩というのはいつも変わらず存在し続けているんです。真剣だからこそ、切なさとともに、おかしみもある。恋に対する人の想いというのは、永遠に人類共通の悩みなんですね。

―― 菅原さんも恋の詩を書くことが多いんですか?

菅原:昔は書いていましたね。でも最近は減ったかな。

―― 恋に悩まなくなったから?

菅原:いえいえ(笑)。でも以前よりそこに気持ちはとられなくなったかな。そのときによって書きたいものは変わりますね。

―― 詩に対する接し方というのは常に変わるんですか?

菅原:そうですね、詩を書き始めてからかれこれ20年弱。昔は自分の経験から生まれる詩を書くことが多かった。書くことで精神のバランスを保っていたという側面もあったと思います。でも最近はもう少し遠くまで投げられるようになったかもしれません。
3年前、スターバックスからの依頼で「A Cup of Poem」という一日一篇の詩の連載をしていました。その頃から、経験から生まれる詩と、異なる目線・距離感をもった詩、どちらも自分の言葉で書いていけたらと思っていて。それぞれ楽しみながら書いています。もちろん締切に追われて辛いこともありますけど(笑)。

旅に出ているときは、詩に適した精神状態なんです

旅先の本屋

―― 詩集は良く読まれるのですか?

菅原:最近、日常で詩集を読むことは少ないんですが、旅にはよく詩集を持って行きますね。小説よりも旅向きというか、好きなページをパッと開いて飛行機の中で読むのにもちょうどいい。それぞれの旅先に合わせてその国の詩人の作品を持って行くことも。先日ニューヨークに行ったときは、リチャード・ブローティガンの詩集を持って行きました。海外でも本屋、喫茶店、酒場へ。日本にいるときと変わらないですね。

旅先のカフェ

―― 旅行はよく行かれるんですか?

菅原:はい、旅は好きです。5月は友人の個展とお茶会のためにアメリカに、6月はリサーチで瀬戸内の島々と福島へ。この夏には兵庫・城崎温泉にある舞台芸術のレジデンス「城崎アートセンター」で朗読イベントもあるので楽しみにしています。
旅に出ているときって詩に適した精神状態だと思うんです。多少感傷的になって心は揺れつつも、適度な緊張感から精神も研ぎ澄まされている。旅の記録を手帳に書き留め、それが後々詩になることもあります。

―― 旅で印象に残っていることってありますか?

菅原:初めて海外に行ったのは、セルジュ・ケンズブールのお墓参りでした。フランスのモンパルナスの墓地。18歳の頃だったかな。彼の吸っていたジタンというタバコが置いてあったり、「くたばれキャベツ野郎」という曲にちなんで、キャベツが置いてあったり。男友達とふたりで行ったんですが、ケンカしながら、笑いながら、ヨーロッパを旅しましたね。懐かしい。

―― 今後行ってみたい国は?

菅原:モロッコのタンジールです。ポール・ボウルズの『極地の空』が印象的で。いろいろ示唆のある作品でした。「Traveler」と「Tourist」の違いについても考えさせられた。ベルナルド・ベルトルッチ監督の映画「シェルタリング・スカイ」の原作としても知られています。

―― 映画版は、坂本龍一の音楽も印象的でしたよね。ところで「Traveler」と「Tourist」の違いって何なんですか?

菅原:うろ覚えなんですが、「Tourist」は数週間~数ヶ月で戻る、帰る家をもつ人。「Traveler」はどこの土地にも属さず、何年もかけ地球をゆっくり移動する人。生涯帰国しない人もいる。そんな感じだったかな。旅をしているとその狭間で心が揺れますよね。Travelerでありたいと思ったり、でもやっぱりTouristで良かったと思ったり。

菅原敏さん

もし言葉が水なら、どんな器に注ぐのか。「詩のあり方」を探りたい

―― では最後に、詩を書くときに誰かに届けたい、という思いはあるんですか?

菅原:なるべく広く届けたいとは思っています。詩のない場所に詩を運ぶ活動が多い私ですが、単純に紙の上だけではない「詩のあり方」みたいなものを探るのが好きなんだと思います。
もし言葉が水なら、どんな器に注ぐのか。本もひとつの器であり、時には別のグラスに注いでみたくなる。そうすることでこれまで詩に触れてこなかった人も、あらたに手を伸ばす機会が増えるんじゃないかと。

少し前にSuperflyさんの作詞の仕事をしたのですが、私が書いた言葉が豊かな色彩と広がりをもって声になって戻ってくるという行程は、書き手として新鮮でとても幸せな時間でした。言葉を音楽と言う器にそそぐ。それはある種、翻訳のようだとも思っていて。
さまざまなジャンルのアーティストとコラボレーションをしていますが、詩が音になったり、詩にイラストや写真が添えられたり、詩が美術作品になったり、言葉が言語以外のものに翻訳される。そんな感覚を自分自身でも楽しみながら、今後もより多くの人に届けていきたいと思っています。

いつでもどんなことでも言葉を綴れるノート
菅原敏さんの旅のマストアイテム

菅原敏さんの旅のマストアイテム TRAVELER’S notebook

旅に出るときはいつもこれと一緒です。

そう言って菅原さんが見せてくれたのは、ほどよく使い込まれた革張りのノート。その名も「TRAVELER’S notebook」。ノートを挟んでゴムで止めただけのシンプルな作りですが、言葉を扱う菅原さんにとっていつでも思いついた言葉を書き留められるノートは一番大切なアイテム。リフィルのノートはあえて無地のものを選び、自由に使います。

「ちょうどいいカレンダーがなかったので、自分で線を引いて12ヵ月分のカレンダーを作っています。詩のアイデアだけでなく、仕事の締め切りや、to do リストなど、身の回りの必要なものを全て書き込んでいます」

中にゴムが付いているので、チケットやフライヤーなどを挟んでおけば忘れる心配もなし。手に馴染むA5サイズの変形で、旅先でお財布とこのノートだけを持ってふらりとカフェにでかけることも。

菅原敏さんの旅のマストアイテム TRAVELER’S notebook

「先ほどの定義で言えば、このノートも本当はTourist notebookなのかもしれませんね」と笑う菅原さん。
次の旅では、どんな言葉がこの真っ白なノートに綴られていくのでしょうか。

菅原敏(すがわらびん)
菅原敏(すがわらびん)
詩人。
2011年、アメリカの出版社PRE/POSTより詩集『裸でベランダ/ウサギと女たち』をリリースし逆輸入デビュー。新聞や雑誌への寄稿・連載執筆のかたわら、スターバックスやBEAMSなど異業種とのコラボレーション、TV・ラジオでの朗読、デパートの館内放送ジャック、増上寺『眠りのための朗読会』など、詩のない場所へ詩を運ぶ独自の活動を展開。メディアプロジェクト「詩人天気予報」やSuperflyへの作詞提供、東京藝術大学とのプロジェクトや美術館でのインスタレーションなど、音楽やアートとの接点も多い。
現在は雑誌『BRUTUS』で詩とエッセイの連載を持つほか、いにしえの恋愛詩を超訳する『新訳 世界恋愛詩集』、東京の街を詩で切り取る『詩的東京23区』を連載中。
http://sugawarabin.com/
取材協力:COUZT CAFE(コーツトカフェ)
東京都台東区谷中2-1-11
TEL 03-5815-4660
7/27(水)より菅原敏さんが館長を務める『夜の読書館』が月に一度COUZT CAFEにて開館。