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世界の驚きを捉え続ける写真家・石川直樹の“旅のアイテム”

2015.06.30My Packing List - あの人のマストハブアイテム -

My Packing List - あの人のマストハブアイテム -
石川 直樹氏

各界の著名人に旅行でパッキングするものを教えてもらう「My Packing List」。記念すべき1人目は、写真家・石川直樹さん。高校2年生のインド・ネパール一人旅にはじまり、2000年には「Pole to Pole」プロジェクトで北極から南極までを踏破。翌年には世界七大陸最高峰登頂の最年少記録を塗りかえ、その後も世界の地表からてっぺんまでを風のように駆け抜けている同氏の旅のマストハブアイテムは。

Text by
Ayaha Yaguchi
Photo by
Yukiko Tanaka

「!」を求めて。石川さんの旅の原点

─── 高校2年生のインド・ネパール一人旅以来、北極、南極、アラスカ、ミクロネシア、アフリカなど、多くの地を旅されてきましたよね。石川さんにとって、“旅”ってどういうものですか?

石川:旅は「新しい世界との出会い」だと思ってます。「驚き続けたい」という気持ちが常にあるから、ガイドブックをなぞるスタンプラリーのような旅ではなく、自分が知っている範囲から一歩でも外に出て、知らないものを自分の目で見たいんです。

驚きに満ちた光景こそ、ぼくにとっての絶景です。ただ、絶景があるのは、遠い彼方だけじゃない。たとえば南方熊楠は手元の顕微鏡をのぞきながら、ファーブルは昆虫と向き合いながら、シートンはオオカミなどの動物に出会いながら、それぞれの絶景を見ていたはずなんです。

本当は、自分のすぐ近くにも未知の絶景はある。旅はただ、そうした方法よりも驚きに出会いやすくて、ぼくの体にあっていたということなんでしょう。

石川さんインタビューの様子

カメラがあるから、旅は広がる。面白くなる。

─── 旅でシャッターを切りたくなるのは、どんな時なんですか?

石川:身体が反応した時ですね。カメラに三脚をつけていることが多いのですが、それでも驚いた瞬間の体の反応でパッと撮っています。自分がいいと思ったものだけを撮る。アングルをあれこれ迷ったり、写真を見る人の感情を想像して撮ったりということはありません。

ぼくは「らしい」ものを撮りたいという気持ちが全然ないんです。商業的なプロカメラマンだったら、それ「らしく」撮るのが仕事ですが、たとえば富士山を富士山らしく、誰もが「いいね」というようなものを美しく撮っても、ぼくにとっては意味がない。

富士山だとしても、誰も見たことのない富士山を撮りたいんです。たとえ汚くてもいいし、パッと見てそれだとわからなくてもいい。世界を広げて、自由になるには、誰もが抱いている「らしさ」から離れることが大切だとぼくは思っています。

─── カメラを持つことで、旅の印象って変わるでしょうか?

石川:旅が深まっていく感覚がありますね。カメラを持たないときよりも、じっくりと世界を見るし、見えているものときちんと向き合うようになる。普段は気に留めない、例えば部屋のすみっこまで見るようにもなります。

撮った写真を見返すと、撮影時には気づいていなかった様々な発見があります。被写体の洋服の柄だったり、空に鳥が写り込んでいたり。こうした発見がすでに終えた旅をさらに押し広げて、自分の記憶を重層的にしてくれる。10年後、30年後に見直せばまた違う感情がわきあがってくることもあるでしょう。だから写真は、本当に面白いなと思いますよ。

石川さんインタビューの様子

石川直樹の新たな挑戦、未来のテーマ

─── 近い未来、実現したい旅はありますか?

石川:まずは、数日後に出発するパキスタンのカラコルム山脈にある「K2」への遠征ですね。ここには、昔から憧れていましたが、同時に危険でもある。ぼくにとっては、今まで続けてきた登山の最後の目標のような山でもあります。高所を目指す旅はK2で一区切りにしようと思っています。

─── 終着の地なんですね。終わってしまうことに対して、さみしさは?

石川:今後、絶対登らないってわけじゃないし、行ってみたい場所が他にもいっぱいありますからね。今はタイ以南の東南アジアの島々に関心を持っています。この一帯は、氷河期が終わるとともに多島海を形成しましたが、はるか昔は「スンダランド」という大陸だったんです。海を超えたそうした不思議なつながりや断絶を自分で見に行きたいんです。

ぼくは以前、群島を意味する『ARCHIPELAGO(アーキペラゴ)』(集英社)という名前の写真集を出しました。これは日本の島々でしたが、今度はその続編として東南アジアの島々を巡ってみたい。自分なりに、新しい地図を描いてみたいんです。これは、学生時代からの自分のテーマでもあります。

写真家・石川直樹氏のPacking list

写真家・石川直樹氏のPacking list

写真左上から)Gitzo(ジッツォ)の三脚、コダックのプロフェッショナルポートラ160フィルム、MOLESKINE(モレスキン)のノートとSAILOR(セイラー)のボールペン、ツバメノートのノート、フィルムを入れるためのX-RAYガードケース、プラウベルマキナ670、THE NORTH FACE(ノースフェイス)のアマダブラムジャケット、iPhone、Kindle、KAENON(ケーノン)のサングラス、目薬、リップクリーム、 FREITAG(フライターグ)の名刺ケース、KEEN(キーン)のサンダル

Pick up item1:プラウベルマキナ670

プラウベルマキナ670

著名な写真家の間でも愛好者の多いプラウベルマキナ670。ドイツのカメラメーカーが作る20年以上前のモデルで、現在は廃盤になったものを中古で購入したのだそう。「同じものを4台持っていて、最初の1台を使い始めたのは23歳くらいかな。写真集や写真展で使う作品はいつもこれで撮っています」

Pick up item2:ツバメノート

ツバメノート

2000年の地球縦断プロジェクト『Pole to Pole(ポール・トゥ・ポール)』で北極から南極までを走破したときに使っていた「ツバメノート」。中には、太陽の角度から時間を割り出す図や体感温度のグラフなどがびっしり。「電気のない場所にいることも多いから、基本アナログです。毎回、テントの中でノートに記録をつけていました」

Pick up item3:THE NORTH FACEのアマダブラムジャケット

THE NORTH FACEのアマダブラムジャケット

THE NORTH FACE(ザ・ノース・フェイス)の「アマダブラムジャケット」。防水と透湿にすぐれたゴアテックス素材の上着。「アンダーウェアやフリースなどを重ね着した上に、最後にこれを羽織ります。色は極寒の雪山で着るから、暖かみのある“赤”に。ぼくの好きな色です」

写真家の愛機、登場!

─── このカメラ、蛇腹でレンズが前に出てくるんですね。これはフィルムカメラですか?

石川:そうです。中判のフィルムカメラの中では、これが意外にコンパクトで、ちょっと重いけど旅には向いてるんですよ。かれこれ15年以上は使ってますね。

─── デジタル撮影が主流の中、なぜフィルムを?

石川:フィルムの方が慣れているし、自分の見た風景に近い形で仕上げることができる。デジタルみたいに「ここでは念のため10枚くらい撮っておこう」という撮り方ができない、その不自由さがいいんです。

フィルムが残り3枚しかないときにスゴイ風景に出会ったら、「絶対3枚で取り切ろう」という気持ちになりますよね。制限があるからこそ、ボンッと突き抜ける力が生まれてくると思っています。

過酷な雪山へと挑む時の装備

─── 登山のときに持っていくのは、どんなアイテムなんですか?

石川:ここにあるものは、だいたい持って行きます。三脚も重いけど、持っていく。これでもカーボン製で軽い方なんですけどね。寝袋などの登山用具などは、命に関わるので慎重に選びますし、アンダーウェアや中間着も重要なので、ここにあるのは旅の支度の100分の1くらいかな。

─── サングラスに、UV目薬。紫外線対策用のアイテムも目立ちますね。

石川:ハードな登山になると、強い紫外線にさらされ続けます。肌がどうのということを超えて、体への負荷や極度の疲労へと直接繋がってくる。下山する頃には肌は焼けまくって、全体的にガリガリの“かりんとう”状態になります。日焼けには気をつけないといけませんね。サングラスは雪目予防のためにも必携で、必ず予備を含めて二つ持っていきます。

道具を持たない旅こそ、“究極の旅”

─── 石川さんがアイテムを選ぶときの基準ってなんですか?

石川:実用性と機能性、ですね。登山の世界でも、これまでは年季が入ったものほどカッコイイと思われがちでしたが、決してそんなことはなくて。機能は使えば使うほどすり減りますから、ぼくは古いものより新しいもの、最新の機能がついているものを選びます。

でも本当は、すべての装備や道具を知恵に置き換えて、はだかに近い状態で最低限のものだけを持って歩き続ける旅こそ“究極の旅”だと思っているんです。

アイテムが少なければ少ないほど、感じることは多くなり、体を使うことも多くなり、自分に入ってくる感覚や経験が増えていきます。旅がそのぶん濃く、充実していくわけです。

─── ものを持たない旅をするなら、石川さんの最低限は、やっぱり?

石川:カメラとフィルムですね。とはいえ、雪山なんかはこの2つだけじゃ生きられなくて、生命を守るための服や装備が必要になる。だから、きちんと選び抜いて持って行く。ぼくはそういう観点でしか道具を見ていないです。旅のアイテムは、生きることと直結してくる大切な相棒そのものですね。

石川直樹
石川直樹
1977年東京生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。 人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。
『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。
最近では、ヒマラヤの8000m峰に焦点をあてた写真集シリーズ『Lhotse』『Qomolangma』『Manaslu』『Makalu』(SLANT)を4冊連続刊行。最新刊に写真集『国東半島』『髪』(青土社)がある。