ANA Inspiration of Japan

好奇心を刺激する、旅と日常にまつわるWebマガジンライフスタイルマガジン ANA Travel & Life (トラベル アンド ライフ)

未知なるものを追い求めて
探検家・角幡唯介が、土地の向こうに見いだす世界

2016.12.01ANAオリジナル

ANAオリジナル
角幡唯介さん

チベットや北極を探検し、自らの体験と膨大な事実の検証、それにまつわる歴史や土地の物語を独自のスタイルで綴る角幡唯介さん。「開高健ノンフィクション賞」「講談社ノンフィクション賞」など国内のノンフィクション系の文学賞を総なめに総ナメにする実力派ノンフィクション作家として今、最も注目を集める探検家です。過酷な環境のなか、数ヶ月にも渡って極限状態での旅を続ける角幡さんが、それでも旅を続ける理由とは何なのでしょうか。

Text by
Naoko Sumita
Photo by
Masashi Yoshikawa

敷かれたレールの上を走るなんて窮屈で、いつも逃げ出したかった

角幡唯介さん

―― 子供の頃から探検に興味があったんですか?

角幡唯介さん(以下敬称略):よく聞かれるのですが、そんなことはないんです。子供の頃に児童書籍で恐竜の化石発掘の話を読んで、漠然と考古学に興味をもったことは覚えています。実家が北海道で、東京などと比べると自然が身近な環境ではありました。でも、子供の足では、山に行くには遠く、アウトドアと言えば、川で魚を釣るとか公園で野球をするくらいでした。

―― そうなんですね。それが、いつから探検に目覚めたのですか?

角幡:父は祖父の代から続く商店を営んでいて、私は長男。幼い頃からなんとなく跡継ぎというプレッシャーを感じていて、それに対する反抗心は常にありました。自分の未来へのレールが敷かれているのがとても居心地が悪かったんです。大学で上京したときは解放感でいっぱいでした。そんな折り、ふと大学の探検部のサークルの募集が目にとまり、入部したのをきっかけに探検を始めたんです。

―― これまでにどんな場所に探検に行かれたんですか?

角幡:いろいろと行っているのですが、チベット南東部にあるツァンポー渓谷へは2回行っています。この辺りは“空白の5マイル”と呼ばれ、チベットを流れるツァンポー川がこの渓谷からどこへ流れるのか不明だったんです。渓谷の標高差から、ナイアガラの滝クラスの幻の滝があるかもしれないという伝説があり、数々の探険隊がこの地を目指しました。私もその伝説に惹かれ大学時代に1回ここを探検したのですが、そのときには達成されなかった目的を成し遂げるため、2002年に単独で未踏部分を探検し、新たに滝と巨大な洞穴を発見したんです(詳細は著著「空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む」に記述)。

また、北極圏にも数回行っています。2011年3月からおよそ3ヶ月半、氷や湿地帯のツンドラの上をおよそ1600km、100kg近くのソリを引いて探検しました。1845年、北極探検に出たイギリスのフランクリン探険隊の隊員129名が全員死亡するという事故があったのですが、その足跡を辿るというテーマをもっての探検でした。このときの体験は「アグルーカの行方」という本に執筆しています。

―― 3ヶ月半で1600km……。気が遠くなりますね。

角幡:氷の上を歩くと言うと、スケートリンクのようなところを想像されるかもしれませんが、じつはでこぼこで、そこかしこに小高い丘のようなものがあるんです。身の回りのものを載せた100kgのソリ引っ張り上げたりしなきゃいけないので、とてつもない運動量になります。その上マイナス40℃という寒さなので、1日5000kcal食べていてもどんどん痩せていってしまうんです。3ヶ月間で10kg以上減ったかな。

氷の丘の上でソリを引く角幡さん

どんな過酷な環境でも、気にかける相手がいるというのは精神の安定につながる

―― 長丁場の探検が多いですが、1人で行かれるんですか?

角幡:先ほど話した北極の探検は、北極冒険家の荻田泰永と一緒でした。小さなテントで男2人が行動を共にするというのはかなり過酷でしたね。旅が終わったときにはもうこいつの顔を見なくて済むって嬉しかった(笑)。いや、今はもう飲み仲間ですよ。
単独だと最長で40日くらいです。そのときはホッキョクグマの番犬として1歳の犬を連れていったんです。でもこいつが、最初は全く言うことを聞かなくて。こっちが必死になってソリを引いているのに、知らんぷりしたり……。いつも大げんかしてましたね。

―― 犬と大げんかですか(笑)。わかり合える日は来たんですか?

角幡:自分の中ではあったんですが、犬の方はどうですかね(笑)。でも次の年も一緒に旅をしました。そのときはずいぶんずいぶん関係は改善されていましたよ。
ずっと一緒にいると、人間でも犬でも腹が立つこともありますが、誰かがいるというのは1人より10倍くらい精神的に楽ですね。健康面や精神面などで気を遣う相手がいると、自分のメンタルを保つ上で張り合いになるんです。

―― 次の探検の予定は決まっているんですか?

角幡:10月後半からまた北極に行きます。次は極夜の時期の北極圏を探検するんです。

―― 極夜?

角幡:はい。白夜の逆で一日中太陽の昇らない状態のことです。とはいえ太陽が昇らなくてもうっすらと明るくなる時期もあるので、完全に暗い期間というのは2ヶ月間くらいでしょうか。

―― 想像もつかない。怖いです。寒い上に暗いなんて。

角幡:数回の北極圏探検を経て、寒さについてはもう慣れました。でも確かに暗さへの恐怖はありますね。まだそれだけの期間太陽を見ない生活を経験したことがないですから。

―― これまで書かれた本を拝見していると、毎回ずいぶん辛い体験をされていますよね。もう旅にでたくない、と思うことはないですか?

角幡:探検にまつわる辛さ、例えば空腹や寒さ、クマに襲われる恐怖や天候不順などで出たくない、と思うことはないですね。ただ、2年前に子供ができてから、寂しいと思うようになりました。それまでは私を引き留めるものは何もなかった。

―― 奥さんは探検に出ることに難色を示したりすることはないのですか?

角幡:それはないですね。そこを否定すると私の存在意義を否定することになると分かっているんだと思う。私が探検家ということを理解した上で結婚したわけですから。でもまあ、私が遊びで山へ籠もっているとやはりときどきはおもしろくないみたいですが(笑)。

現代の社会を取り巻く息苦しさに、疑問を投げかけたかった

―― 海外の探検のイメージが強いですが、日本の山にも登られるんですか?

角幡:結構行きますね。先日も会津の山に10日間くらい行っていました。目的を決めず、沢を登ったり、気の向いたところでテントを張ったりして、集落にでないようにしてふらふらするので、“漂泊登山”と呼んでいます。

角幡唯介さん

―― 日本の山で10日間も集落にでずにさまよえるものなんですか。

角幡:日本の山はどこも狭いので結構強引にさまよっていますね(笑)。山道でないところをくねくねと歩いたり、意図的に集落に出ないようにしている。だからいわゆる一般の方々の登山とは少しイメージが違うと思います。

―― 今は空前絶後の登山ブームだから、山でも人が多いのではないですか?

角幡:そうですね、人気のある山では渋滞も起きているらしいですね。登山ブームというより健康ブームと言った方がいいかもしれません。徹底的に管理されたなかで、ガイドやインターネットの情報を得て、予定調和的に行動するのが現在のスタイルです。でも本来、登山ってものすごく自由なもの。それは好き勝手できるということじゃない。生き延びるために、自分の命を、リスクをコントロールしなければいけないんです。あらゆる事象を考慮した上で、最終的に自分で決定する。究極の自己責任の世界です。自分で考える自由を放棄して人に管理を委ねる現在のスタイルには、少し違和感を覚えます。そういう空気は、社会全体に蔓延しているように感じているんです。細かなルールを策定し、些細なマナーで紛糾し、どんどん自分達の生きる社会を息苦しくしている。そんな社会全体に焦りを感じるし、反発も感じていますね。この息苦しさに疑問を投げかけたくて、漂泊登山を始めました。

―― 今後行ってみたい場所はありますか?

角幡:15年前からニューギニアに行きたいと思っていたんですが。でも、今はニューギニアと言えども、GoogleMapを見ればだいたいの場所や地形が分かってしまう。次の探検の舞台を極夜にしたのは、根本的に未知だからです。場所として目新しさはありませんが、経験としてはまだ稀だと思う。そうした未知のものに対する好奇心は抑えることができません。

新刊「漂流」はそういう未知のものへの好奇心が表れた作品でもあります。海洋世界というのは今まで私の知らない世界だった。1人の男の漂流を軸にはしていますが、漂流の向こう側にある海の叙事詩を描きたかった。ノンフィクションではありますが、かなり私なりの視点が強い作品になったと思います。

角幡唯介さん

―― 最後に、角幡さんは「探検家」という肩書きを名乗られていますが、探検家と冒険家って違いはあるんでしょうか?

角幡:あくまでも私個人の意見ですが、視点の違いかなと思ってるんです。冒険の主体はあくまでも自分。ですが探検は、土地が主題となる。土地の物語を追うんです。私はやはり土地の側面に惹かれます。

私の体験や意見を世間に伝えたいというより、ひとつの世界を描きたいんです。海の世界、極寒の世界、極夜の世界。社会や常識の世界の外に飛び出してその旅自体を作品としてまとめたい。まだまだ、世界には未知の部分があり、心震える出来事があるのだと、知ってもらいたいんです。

土地の表情を読み取るためにGPSには頼らない
角幡唯介さんの探検の必須アイテム

角幡さんが必ず旅に持って行くのが地図とコンパス。現在は居場所を即座に特定してくれるGPSという便利なアイテムがありますが、それは持たないのが角幡さんの主義です。

角幡さんの探検の必須アイテム 地図とコンパス

以前は衛星電話も持っていなかったのですが、ご結婚された今、半年以上に及ぶ探検の間、全く連絡が取れないのは困るということから衛星電話だけは持っているそう。とはいえ、角幡さんになんらかの緊急事態が起きたとき、GPSがなければ衛星電話を持っていなければあまり意味はありません。

「GPSを持つとおもしろくないんです。カーナビを使っているといつまでも道を覚えないでしょう?たぶん、自分と道路の間にワンクッションはさんでしまうからなんです。探検のときもそれと一緒で、GPSを見ているとその土地そのものを見ていないのだと思うんです」と語る角幡さん。

極夜の時期にGPSを使えば旅はずいぶん簡単になるはずです。でもそれでは本当の土地を見つけられない。「目を凝らして、目だけではなく全身で、土地を見つめ、土地の表情をなんとかして見つける。それが正しい道であろうとなかろうと、そのプロセスがとても大切なんです」。

極夜の時期は星を観測して場所を割り出すそう。曇りの日はそれができず、足止めにされてしまうことも。でもそれが自然の中にいるということ。立ち止まっている間にも、角幡さん目には新しい土地の輪郭が見えているのでしょう。

角幡唯介(かくはたゆうすけ)
角幡唯介(かくはたゆうすけ)
探検家・ノンフィクション作家。1976年、北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、同大学探検部OB。2003年、朝日新聞社入社、08年退社。著書に『空白の五マイル チベット、世界最大ツアンポー峡谷に挑む』(開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞など)、『雪男は向こうからやってきた』(浅田次郎文学賞)、『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(講談社ノンフィクション賞)、『探検家、36歳の憂鬱』、『探検家の日々本本』(毎日出版文化賞)など。近著に『旅人の表現術』。