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掲載日:2022.03.28

【ANAオフィシャルカレンダーWelcome Aboard(ウェルカムアボード)2022 連動企画】シンガポールへ旅したい(1)

ANAオフィシャルカレンダーWelcome Aboard(ウェルカムアボード)2022との連動企画。4月の掲載地・シンガポールにまつわる、作家・甘糟りり子さんの旅情あふれるエッセイをお届けします。

マーライオンの誘惑

シンガポールの象徴といったらマーライオンである。「マーメイド」と「ライオン」をくっつけた造語。上半身がライオンで下半身が人魚、8メートルほどのコンクリートの像である。シンガポールを訪れた人はたいてい、絶えず水を吹き出しているこの像を絡めて記念写真を撮る。ニューヨークでいったら自由の女神、日本でいったら奈良の大仏みたいな存在だろうか。

そのマーライオンがホテルになったことがある。
といわれても、意味がわからないかもしれない。マーライオンの近くにホテルが建ったのではなく、マーライオンを囲んでホテルができたのだ。たった2カ月間だけ。

マーライオンが赤い壁ですっぽり覆われてしまい、その内側がホテルの部屋になった。部屋には赤いソファが置いてあり、窓には金色のカーテン、大きなベッドのヘッドボードにも赤や金が施され、ヘッドボードの向こうに大きなマーライオンの顔があるという作り。

実はこれ、西野達さんというアーティストの作品だ。2011年のシンガポール・ビエンナーレに出品された。西野さんは、既存の概念を壊すことこそがアートというポリシーの基に創作活動を行なっている。公共の施設やモニュメントにホテルを作るのは「パブリックなものをプライベートに変えて日常を破壊する」という表現なのである。ニューヨークのコロンバスサークルやベルギーの時計台などの他、大阪ではなんと公園の公衆トイレにホテルを作ったこともある。展示期間中は、どのホテルも実際に宿泊もできるそうだ。

マレーシア、中国、インドなど、シンガポールはさまざまな文化が行き交う国

中でも、マーライオンのホテルはそのインパクトからいまだに語り注がれている代表作である。
シンガポールにはそんな新しいものをおおらかに受け入れる空気が流れている。1965年にマレーシアから独立したまだ新しいこの国は、マレー系や中華系など、多くの人種が暮らしている。最近では富裕層の移住もよく耳にする。さまざまな文化が溶け合うこともなく、かといってぶつかり合いもせず、ほどよい距離感でそこにある、というのがシンガポールの印象だ。ちなみにマーライオンが設立されたのは1972年である。

この国ではチューインガムを道に捨てただけで罰金を取られる。何事にも大雑把な私は、何度か旅行に行ったがそのたびに緊張する。ガムを吐き捨てたりはしないけれど、何かの弾みで罰金を取られたりしないだろうかと不安になる。しかし、塵ひとつないような大通りから少し入ると、賑やかな屋台が密集していて、そこには猥雑な喧騒が渦巻いている。あの落差もこの国の魅力だ。

さて、私が西野さんと奇抜なホテルのことを知ったのは友人たちとの会話だった。ミヤシタパークの中にあるレストランの個室。大御所のインテリアデザイナーに人気イラストレーター、アート・キュレーターという顔ぶれだった。みんな彼の発想や行動がいかに斬新なのかを熱く語っていた。

「西野さんが個性的ですごい人だっていうのはわかったけれど、肝心の作品はどうなの? 私、インスタレーションみたいなものってよくわからないんだけれど」

何事にも保守的な私がいうと、私より二十ほど若いキュレーターがいった。

「リリコさん、作品って何も絵画や彫刻だけとは限りません。発想だったり概念だったり、もっと大きなスケールでアートを捉えた方がおもしろいですよ」

大雑把なわりに、何事も理論を求める自分を反省した。考えることは大切だけれど、感じることも同じだけ必要なのだ。頭上のマーライオンに威圧感を抱きながら、睡眠不足の夜を体験したかったなあ。

作家プロフィール
甘糟りり子

横浜生まれ、鎌倉育ち。大学卒業後、アパレル会社を経て文筆業へ。独自の視点を活かした小説、エッセイやコラムに定評がある。著書に『産む、産まない、産めない』(講談社文庫)、『鎌倉の家』(河出書房新社)、『バブル、盆に返らず』(光文社)など。

文:甘糟りり子

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